結衣花と朝の会話
楓坂とテーマパークでデートをしてから数日が経ち、十二月も下旬に差し掛かろうとしていた。
朝の電車の中。俺は会社に行くため、いつもの場所でぼんやりとこれからのことを考えていた。
そしてこうしていると、必ず俺に声を掛けてくる女子高生がいる。
「おはよ。お兄さん」
「よぉ、結衣花」
派手でもない、地味でもない。
自然体の彼女とのやり取りは、やはり心地いい。
楓坂の恋人になったという実感が強くなっても、結衣花の存在が大切だという気持ちは変わらなかった。
そんな結衣花も今日は妙にご機嫌らしく、俺を見て優しく微笑んだ。
「今日のお兄さん、表情が柔らかいね」
「俺の顔はいつだってソフトでふんわりしてマイルドだぜ」
「柔軟剤のCMのつもり?」
バレちまった。
たまにジョークを言う俺ではあるが、結衣花は的確に元ネタを指摘してくる。
こっちも会話を弾ませるために言っているので、ツッコミはありがたいのだが、時々彼女の目が憐れみに満ちている時があるのが気になるんだよな。
まぁ、深い意味はないだろう。……きっと、そうさ。
「まぁね。お兄さんの毎朝のアホなトークを聞かないと、私も調子がでないからそれでいいんだけどさ」
「気が合うな。俺も結衣花の生意気トークを聞いて、日々のコンディションを調整しているんだ」
隣に立つ結衣花は、チラリと俺を横目で見た。
「生意気トークがいいの? じゃあ、本気出しちゃおうかな?」
「すまん。調子に乗っていた。手加減してくれると助かる」
「よろしい」
結衣花の本気の生意気トークだと!?
そんなものを浴びせられたら、俺の体が溶けてなくなるわ!
大口というのは、あまり叩かない方がいいという事か。
「そう言えば『恋愛バラエティ企画』の短編小説、読んだよ。かなりいいね」
「自分の実体験を小説にされるのって恥ずかしいよな」
「音水さんストーリーが最有力候補になってたけど、結果はどうなるのかな?」
「確か、今日ジュエリーショップの公式ホームページで発表されるはずだけど」
ピロン♪
突然、楓坂からLINEがきた。
楓坂が朝のこの時間にLINEをするなんてめずらしい。
LINEのメッセージ画面を開いてみる。
『和人さん! 恋愛バラエティ企画の結果が発表されました! 私達のストーリーが選ばれましたよ!』
『そうか。よかったな』
『はい! すごく嬉しいです!』
他の人とやり取りをする時はどうなのか知らないが、普段の楓坂はスタンプもあまり使わない。
本人曰く、面倒くさいからだそうだ。
だが今日に限っては、わきゃわきゃとした様子のスタンプをいくつも使っている。
よほど嬉しいのだろう。
LINEの楓坂の様子が面白くて、つい「クスッ」と笑ってしまった俺を見て、結衣花が訊ねてきた。
「楓坂さん、なんて?」
「恋愛バラエティ企画で楓坂ストーリーが選ばれたってさ。すげぇ喜んでた。舞がLINE越しでこんなに喜んでいるのは初めて見たよ」
「ああ見えて乙女だからね」
そうなんだよな。
悪役を演じたり、正義感が強いところがあったりする楓坂だが、本当の彼女は誰よりも純粋な乙女だ。
その恋心を独占している俺は、幸せ以外の何物でもないだろう。
「私も一安心かな……。楓坂さんって自分のことを後回しにするクセがあるから、ずっと心配だったんだよね」
「あー、わかる。アイツ、誰かのためにっていう意識が強いからな」
今にして思うと、楓坂のそういう気持ちは香上の爺さんの影響だったのかもしれない。
だが今回のデートで彼女は新しい気持ちに切り替えたようだった。
ちなみにテーマパークに行って以降、楓坂は俺のジャケットを着続けている。
これからは俺と一緒にいるという彼女なりの意思表示なのかもしれない。
「これでお兄さんと楓坂さんの仲の良さが世間から認められた証ができたね。御曹司さんとの婚約も解消できたし、そろそろ幻十郎さんを説得するチャンスだと思うよ」
「そうだな……」
幻十郎さんは会社の会長をしているだけあって、全体の雰囲気を感じ取って自分の意見に反映する傾向がある。
外堀を埋めることができた今、俺達の関係を幻十郎さんに認めてもらう絶好のタイミングだろう。
「実は二十三日に幻十郎さんと話をする約束をしているんだ。本来の目的は御曹司との婚約解消が成功したことを報告するためのモノだったんだが、その時に切り出してみようと思う」
結衣花は優しく頷く。
「ここが正念場だね。幻十郎さんは絶対にこのタイミングでお兄さんと楓坂さんの同棲生活を終わりにさせようとしてくるはずだから」
「わかってるさ」
「お兄さんは土壇場で結果を出せる人だから、きっと大丈夫だよ。頑張ってね」
「ああ、任せろ!」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、再び幻十郎の屋敷へ
投稿は【朝7時15分頃】
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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