朝食の準備と玄関
時刻は朝の六時。
目が覚めた俺は、大きく伸びをした。
「んっん~! 疲れていたせいか、しっかりと熟睡できた」
昨日は『楓坂が甘えるシチュエーション』を動画を作ったのだが、これがなかなか大変だった。
のぼせてしまった楓坂の代わりに動画編集を一人でやったのだが、かなりめんどくさい。
一つ一つはシンプルな操作だが、とにかく時間が掛かるのだ。
YouTuberの人達がどれだけ頑張っているのか、ようやくわかったような気がするよ。
ベッドから出てリビングに向かう。
すると楓坂がすでに起きて、スマホで何かをチェックしていた。
「笹宮さん、おはようございます」
「おはよう、楓坂。平日なのに俺より早起きなんて、めずらしいじゃないか」
「今日は早く目が覚めてしまったんです」
もちろんその理由を知っているので、俺はわざといたずらっぽくニヤついて見せた。
「昨日はのぼせて寝込んでしまったからな。本当に楓坂は恥ずかしがり屋だよな」
「むっ! 人の失敗をニヤニヤしながら言うなんてどうなのかしら」
「冗談だよ。体調はもういいのか?」
「ん~。大丈夫ですけどぉ……」
少しからかっただけなのだが、楓坂はふくれっ面を作っていじけてしまった。
しょうがない。いつもの楓坂になるおまじないをしてやろう。
「ちなみに聞くけど、俺が失敗したらどうするんだよ」
「片足であなたを踏みつけて、蔑むように見ながら高笑いをしますね」
「悪役まんまじゃねーか」
「うふふっ。笹宮さんにお似合いですよ。とっても素敵っ」
俺に毒舌を吐いたことで楓坂にいつもの女神スマイルが戻ってきた。
このくらいで機嫌がよくなるならお安い御用さ。
「じゃあ、さっさと朝食の準備をするか。何かリクエストはあるか?」
「そうですね……。笹宮さんの丸焼きかしら」
「おまえ、それ作ったら食べるんだな?」
「もちろん、ジョークですよ。ちっ!」
「微笑みながら舌打ちすんな。お嬢様」
もしかして、さっきからかったことを根に持ってるのか……。
あとでもう少しフォローしてやるか。
「じゃあ朝食を作るか」
「笹宮さん。作るところを見ていていいですか?」
「ん? 別にいいけど、料理に興味が湧いたのか?」
「まぁ……、ちょっとだけ……」
よくよく見ると、楓坂がさっきスマホでチェックしていたのは朝食のレシピだった。
たぶん俺より早く起きた楓坂は朝食を作ろうとしていたのだろう。
だが、まだ包丁の使い方すらままならないので、作るに作れず困っていたというところか。
なんか、こういうところみてしまうと、無性に可愛らしく見えるんだよな。
「じゃあ、簡単にレクチャーを入れながら作るから、気になったことは訊いてくれ」
「はい」
こうして俺は朝食の定番、味噌汁と玉子焼きとサバの塩焼きを作ることにした。
「みそ汁はまずダシを取るんだ」
「へぇ。あまり色はつかないんですね」
隣に立つ楓坂は鍋を覗き込もうとするため、必然的に彼女の体が俺に腕に触れる。
正確には彼女の胸が当たっていた。
だぶだぶのトレーナーでわかりにくくなっているが、彼女の大きな胸のやわらかい感触が伝わってくる。
これがIカップの暴力か。
朝からメンタルダメージが計り知れない。
その時、楓坂が「あっ!」と声を上げた。
「笹宮さん。煮立っていますけど、いいんですか?」
「あ、やっべ」
「もうっ。調理中にボーっとするのはどうかと思いますよ」
楓坂の胸のせいなんだけど……。
なんか、納得いかない。
こうして朝食を終えて、俺は会社に行く準備をした。
スーツに着替えて、カバンを持つ。
そして玄関のドアを開けようとした時、楓坂が声を掛けてきた。
「笹宮さん」
「ん?」
俺を呼び止めたが、彼女はすぐに要件を言わなかった。
そして再び、俺の名前を言う。
「……笹宮さん」
「……はい、……なんでしょうか?」
そわそわしているので、何か大切なことなのだろう。
しばらく待っていると、ようやく楓坂は「あの……」と口を開いた。
「いってらっしゃい」
たった一言。
そう。なんとういう言葉ではない。
だが、透き通った風が体を突き抜けていくような、清々しさがあった。
独身一人暮らしをずっとしてきた俺にとって、その言葉はとても懐かしい。
俺はゆっくりと答える。
「ああ。行ってきます」
■――あとがき――■
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次回、通勤電車で予想外のことが!?
投稿は【朝と夜:7時15分頃】
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