始まりの出来事
まだ残暑が残る九月の上旬。
通勤のために、俺……
各駅停車を使うのは満員電車が嫌いだからだ。
そしてもうひとつ、理由がある。
それは俺になついている女子高生と話をするためだった。
「おはよ。お兄さん」
「よぉ、結衣花」
彼女の名前は、
なぜなのかは知らないが、こうしていつも俺に話掛けてくれる。
派手さはないが、ナチュラルな雰囲気の美少女。
夏休みの間に少し髪を伸ばしたのか、髪は肩より少し長めのミディアムヘアで整えていた。
初めて会った頃。三カ月前はボブカット寄りだったが、これはこれで可愛いと思う。
もっとも、彼女の場合は胸の大きさが存在感を押し上げているわけだが……。
すると結衣花が俺のことを呼ぶ。
「お兄さん? 私の話、聞いてた?」
「あ……ああ、聞いてるよ」
「本当? ボーっとしているように見えたけど」
こうして彼女と話すのは楽しいが、代わりに疫病神も俺に絡むようになった。
結衣花の隣に立っていた、長い黒髪のメガネ美人が優しくほほえむ。
「きっと、エロいことを考えていたんじゃないかしら? そうですよね、笹宮さん」
女神スマイルが印象的な彼女は、
結衣花の先輩で、今は大学一年生らしい。
お嬢様のような立ち振る舞いに、お上品な口調。
たまに通勤電車で一緒になることがあるのだが、ほぼ百パーセントの確率で嫌がらせをしてくる。
とはいえ、今回は結衣花の胸のことを考えていたので、強く反論できない……。
楓坂は俺に訊ねた。
「答えてください、エロ宮さん」
「笹宮だ」
「まぁ、驚いた。ご自分の名前を忘れたんですか? お可哀想に」
「ひどくない?」
そう、俺はこの女……。楓坂舞と仲が悪い。
見た目だけならかなりの美人なのに、性格がこれだもんな。
しかも腹立つことに、俺にだけ意地悪いことをしてきやがる。
しばらくして電車が次の駅に到着した。
「それでは、私はこの駅で乗り換えなので」
楓坂はそう言って結衣花に手を振り、俺には『あっかんべー』をして電車から降りる。
年上の俺にあっかんべーなんてしやがって……。
ちょっと可愛いと思ってしまったじゃないか。
だがその直後だった。
ん……? なんだあれ?
カーキ色の帽子を被った細身の男が、まるで楓坂を追いかけるように電車を降りた。
しかも、スマホを彼女に向けたままで……。
あれは、もしかして……盗撮!?
それともストーカーか!?
トラブルを察知した俺はすぐに行動に移した。
「すまん、結衣花! 急用で俺もここで降りる!」
楓坂のことは気に入らないが、犯罪に巻き込まれたら目覚めが悪い。
慌てて駅のホームに降りて辺りを見回すが、さっきの男はどこにもいなかった。
楓坂は別の電車に乗るために反対側のホームに立っている。
周囲をもう一度確認するが、怪しい人物はいない。
俺の考えすぎだったか。
――しかし、その直後。
ドサッ……という音がホームの下から聞こえる。
慌ててホームの下を覗くと、楓坂が倒れていた。
「おい、楓坂! 大丈夫か!」
足をくじいてるみたいだ。
あれじゃあ、ホーム下にある避難スペースまで移動するのも難しいだろう。
俺はすぐに近くの『非常停止ボタン』を押した……が、反応がなかった。
「なに!?」
本来なら警報音が鳴るはずだ。
だが、なんど押しても非常停止ボタンは作動しない。
整備不良か!? こんな時に! ふざけんなよ!
向こうから電車が迫ってくる。
駅員を呼ぶのが正しい判断なのだろうが、もう待っている余裕はない。
俺は線路に降り、楓坂を抱き起した。
「大丈夫か?」
「ええ、少し足をくじいたみたいで……」
「避難スペースに運ぶから、少し我慢してくれ」
俺は楓坂を担いで、ホーム下にある避難スペースへ移動した。
ほこりっぽくて、座り心地も最悪だ。
しかも線路の熱の影響で、妙に暑い。
だが、楓坂の体は震えていた。
「安心しろ。もう大丈夫だ」
「さ……笹宮さん……」
狭い避難スペースの中で、敵対心の塊だった女子大生は俺に抱きついてくる。
そして、体の震えを抑えようとしていた。
俺は彼女が嫌いだ。
嫌いだが……、今の彼女を見ていると切なくなる……。
やさしく抱きしめて、背中をさすってやる。
すると彼女はゆっくりと呼吸を整え、落ち着きを取り戻し始めた。
「ありがとう。笹宮さん」
優しい声、心地いい香り、柔らかい感触。
俺が彼女を女性として意識した瞬間だった。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、同居生活の始まり。
投稿は【朝と夜:7時15分頃】
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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