第68話 朝

 朝八時。

 居間の障子戸を開けると、日崎と豊橋先生がテーブルを挟んで向かい合っていた。

 びっくりしすぎて一瞬フリーズしてしまう。


「あら、おはよう。よかった。そろそろ起こしに行かなきゃって思ってたのよ」


 声をかけてくれたのはおばさんだった。どうぞって具合に、手のひらで空いた座布団を指してくれる。

 テーブルには三人分の朝食が並んでいる。

 ご飯とお味噌汁と、焼きサバと、目玉焼きと、冷ややっこ、いい感じだ。


「ありがとうございます。おはようございます」


 おばさんはにこっと笑ってから部屋を出ていく。

 座布団の前まで進んで、先生に挨拶する。日崎にも。


「おはようございます」

「おう、座れ」


 あぐらをかいて座るか正座するか迷って、日崎を真似て正座する。

 いただいきます、と手を合わせて先生は味噌汁を手もとに引き寄せた。


「帰りは車で送ってやる。食べ終わったら部屋に戻って準備しろ」


 ご飯を噛みながら返事する。


「ふぁい。ありがとうございまふ」


 ちらっと視界に入った、壁際に置いてあったバッグを思わず二度見する。

 見覚えのある、白いバッグだ。

 ひったくりに盗まれたはずなのに。


「ええっ! それって、お前の、だよな? なっ、何で?」


 日崎は完全無視で、一口サイズにカットした冷ややっこを口に運ぶ。

 こっち見るくらいしろよ。


「なぁって。日崎」


 五秒くらいあって、小さい声が返ってくる。


「説明いる? 状況考えたら、わかるでしょ」


 昨日に盗まれたバッグが今はここにあって、先生がいる。ってことは。


「マジっすか! 先生が取り返したんすか?」

「取り返したのは警察だ。私はここまで運んだだけだ」

「じゃあ……、ってことは、捕まったんですか? あのひったくり」

「当然だ」

「やった。ははっ。ざまあみろって感じですね」


 先生に言ってから、


「なっ」


 と日崎に笑いかける。


「まあね」

「あ、けど、バッグの中身、大丈夫だったのか? スマホとか……」

「うん。何もなくなってない」

「そっか。よかったな」

「うん」

「あ……。お前。先生にお礼言ったか?」

「当たり前でしょ。私だってそこまで非常識じゃないし」


 どの口が言うんだよ……。


「こいつ、ちゃんとお礼言いました?」


 半信半疑で先生に聞いてみる。


「あぁ。しっかりとな」

「へえー……。ふーん……」


 日崎の顔をまじまじと見る。

 ひったくりが捕まったというニュースよりも、日崎が先生にお礼を言った、ということのほうがよほど信じられない。

 でも、先生がそう言うなら本当なんだろう。まだちょっと疑ってしまうけど。


「何?」


 日崎がうざったそうな目でにらんでくる。


「別になーんも」


 不意に隣で、くくっ、と先生が笑った。


「何ですか?」

「よくしゃべるな、お前は」

「そうすか?」

「残さないならいいけど、せっかく温かいご飯を出してもらってるんだ、冷める前に食えよ」


 見比べると、自分の料理だけ全然減ってない。言われてみれば、まだ一口ご飯を食べただけだ。

 慌てて、改めて両手を合わせる。


「いただきますっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る