第10話 おじゃまします
それからほんの少しのことではあったけど、日崎が学校に通っていた間は、挨拶どころか、お互いに一言たりともしゃべらなかった。
あれからほぼ三カ月。現在までいっさい交流はない。
恨みを込めて、日崎の家のインターホンを見つめる。
「先生。やっぱり俺、帰らせてもらえないですか?」
先生がインターホンに伸ばしかけていた手を引っ込める。
「今さらなんだ。ここまで来ておいてごねる気か」
「いやいや、ごねるとかじゃなくて。そもそも俺、無理やり連れてこられただけですよね? って、そうじゃなくて! はぁ……。たぶん俺がいたって、余計に話がこじれるだけだと思うんですよ」
「大丈夫だ。私にしたって、今まで話がこじれずに済んだためしなんてないからな」
「それ、何が大丈夫なんですか……」
ピンポーン、とチャイム音が響く。
一瞬の隙を突かれて、先生にインターホンのボタンを押されてしまった。
あーあー。どうすんだよ、これ……。
「はい」
日崎のおばさんの声だ。
先生は少し腰を屈めてインターホンに顔を近づける。
「どうもすみません、豊橋です」
「いつもお世話になります。どうぞ、お入りください」
先生はインターホンのカメラに向けて会釈すると、門扉を押し開けてずんずん進んでいく。
右斜め上の方向を見上げて、そこにある窓を見つめる。
こんなことに巻き込まれていなかったら、今頃は自分の部屋でゲームでもしてのんびりできてたっていうのに……。
カチャン、と玄関扉を開いて、おばさんが出迎えてくれる。
「すみません。お忙しいのに……」
「とんでもありません」
「本当にご迷惑ばかりおかけしてしまって……」
「いえいえ、そんな、お気になさらないでください」
先生とおばさんがいくつか言葉を交わしたところで、タイミングを見ておばさんに頭を下げる。
「どうも。こんにちはっす」
日崎のことは大嫌いでも、おばさんのことを悪く思ったことは一度もない。いつだってニコニコして挨拶してもらえるし、最近は母さんと仲良さそうにおしゃべりをしているところもよく見かけるし。日崎と顔立ちが似ていることで、たまに複雑な心境になってしまうようなこともないではないけども、それはそれだ。おばさんがいい人ってことに変わりはない。
「ありがとうね、康太君も」
「えっ? えーと……」
「先生から、都合がついたら康太君も連れて行きますって聞いてたから。ごめんね。本当はほかに用事あったんでしょ?」
「あぁー……」
そーっと顔を横に向ける。
先生はマナーモードの設定でもしているのか、こっちに背中を向けて手もとでスマホをいじっていた。
「康太君?」
「あ、いえ、いいんですよ。別にたいした用事でもなかったんで」
「そうなの?」
「はい。全然大丈夫です」
「では……」
と、スマホを片づけて先生が割って入ってくる。
「今日は月坂も一緒に、ということでよろしいでしょうか?」
「もちろんです。どうぞ」
おばさんが背を向けるまで待って、それとなく先生に耳打ちする。
「どうなってんすか」
「まぁ、そういうことだ」
「どっかで埋め合わせしてもらいますからね」
「断る。嫌なら帰れ。すぐ隣だろ」
吐き捨てるように言った先生に、こっちは嫌々ついてきたんすよ、と言い返しかけてとっさに口をつぐむ。
「康太君。そこ、閉めてもらえる? ごめんね」
「はい。おじゃまします……」
玄関扉を閉める。
おばさんの優しい笑顔の横で、先生はふっと口もとを緩めた。
悪党め……。
この状況で今さら何をどう言い訳して帰れっつーんだ。そのうえタダ働きの強制。それでも、おばさんの前だと荒っぽい言い方はできないだろう、と見越しているからこその強気な言動。
あー、そうですか。騙されるほうが悪いと。わかりましたよ。降参です。
今度また放課後に呼び出されたらソッコーばっくれてやる。
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