第9話 二度と話しかけてやるか

「お隣さんなんだから。引っ越してきたばっかりで不安なこともあるだろうし。あんたが気にしてあげないと。でしょ?」


 このときは、母さんの言葉にそれもそうかと思ったし、何よりかわいい女の子となら仲良くなりたいという下心も手伝って、軽い気持ちで日崎の家のインターホンを押してしまっていた。


「はい」


 応えてくれたのは日崎のおばさんだった。


「おはようございます。隣の月坂です」

「あら、康太君?」

「はい。学校、綾さんと一緒に行けたらなって思ったんですけど……」

「本当っ? ちょっと待っててくれる? 今、支度させるから」


 ほどなくすると、おばさんが制服姿の日崎を連れて玄関に出てきてくれた。


「おはようございます」


 二人に向かって改めて頭を下げる。


「ありがとね、康太君。ほら、綾」

「うん……。おはようございます……」


 おばさんに促されて、気だるそうに、小さな声ではあったものの日崎は挨拶を返してくれた。

 おばさんが言う。


「綾のこと、よろしくね」

「はい。行ってきます」


 おばさんに頭を下げて、先に歩き出した日崎の横に並ぶ。

 しばらく歩道を進んだところで何気なく後ろを確認すると、おばさんはまだこっちを心配した様子で、家の前から手を振ってくれていた。


「日崎さん。おばさん、手、振ってくれてる」


 いったん立ち止まって、おばさんに頭を下げて応える。

 横で、多少面倒そうにはしながらも、日崎はおばさんに向けて手を振り返していた。

 再び歩き出す。

 気まずい。お互いに微妙な距離をあけて歩く。

 このまま全然会話のないまま学校に着いちゃったら最悪だ。こっちから誘ったんだから、何かきっかけをつくらないと……。

 思いきって距離を詰める。


「俺、ネクタイってあんまりしたことなくてさー。どう? 変じゃないかな?」


 ブレザーからネクタイを出して、見えやすいように体をひねる。だけど日崎は無表情のまま、ちらりとネクタイに目をやったくらいで何も言ってくれなかった。

 話題があんまりだったかな、と反省して、少し経ってからもう一度話しかけてみる。


「学校までってさ、歩くと結構距離あるよな。俺、チャリ通にしようかなーって思ってんだけど、日崎さんもチャリ通の申請出す?」


 これは完全に無視された。

 目も合わせてはくれないし、十秒以上待っても何のリアクションも返ってはこなかった。

 よほど人見知りする子なのかなと思いながらも、まぁ初対面だし、と無理やり納得して、日崎の歩調に合わせて歩く。


「あ、そうだ。部活とかって、もうどうするか決めてる?」


 また無視。


「俺、小学生の頃からサッカーやっててさ、高校でもやっぱサッカー部にしようかなって思ってんだけど……」


 やっぱり無視。


「日崎さんは、今まで部活とか何してたの?」


 日崎はそこで、ぴたりと歩くのをやめた。

 まっすぐにこっちを見てくる。


「うるっさいな。馴れ馴れしくしてくんな」


 日崎の鋭い目に、数秒うまく呼吸ができなかった。

 こっちはどうにかして緊張をほぐしてあげられたらって、気を遣ってあれこれ話を振ってたのに。ようやく目を合わせてくれたと思ったら罵られるって。どういうこってすか。


「あ、ああー……。もしかして敬語使えって話? いやでも同い年……」

「黙ってろって意味で言ったんだけど。わざわざ説明しないとそんなこともわからないの?」

「何だよ、それ……」

「あのさ。先、行ってくれる? 距離あけて歩くから」

「はあ? 何の意味があるんだよ。学校行くだけなんだし、別にいいだろ」

「あんたなんかと並んで歩きたくないって言ってんの」

「おい。いい加減怒るぞ」

「嫌なら私が前歩くけど?」

「何でそんなにキレてんだよ」

「どうすんの? 早く決めてくれない? 時間の無駄だから」

「あー、そうですか。わかったよ。俺が先に行けばいいんだろ」


 日崎の目をにらみ返してから歩き出す。

 もうこれっきりだ。二度と話しかけてやるか。お隣さんだから何だっつーんだ。頭っからケンカ腰のやつとなんか仲良くできるわけないんだ。

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