第24話 明野浜
高台の上から海岸を見渡す。
視界いっぱいに広がる海と空、入道雲と砂浜、輝く太陽。
青と白の力強いコントラストに息をのんでしまう。
「やっぱ海っていいよなーっ。この見晴らし! 最っ高だよなー」
「ほんと。見てるだけで爽快だよね」
聞き慣れない声に驚いて首を回す。
とても女の子っぽい声がしたと思ったけど、すぐ近くには日崎のほかには誰もいない。まだちょっと疑ってしまうけど、やっぱり日崎の声だったらしい。
一瞬、誰か知らない人に声をかけられたのかと思ってしまった。
不思議でたまらなくて、日崎の横顔をまじまじと見つめる。
その視線に気づいた日崎が怪訝な顔でこっちを見る。
「何?」
「いや、今なんか違和感があったっていうか……。お前さ、テンション上がってた?」
「上がってない」
「いや、上がってたろ」
「上がってないって。何言ってんの?」
「だって完全に別人だったぞ。声の感じとか」
「知らないし」
「いや、マジびびったんだって、俺……」
「もういいから。それより、ちょっとこれ持ってて」
日崎は押しつけるみたいにして強引にカメラを手渡してくる。
まぁ、持つくらい何でもないけど。
日崎はカメラケースのバンドの長さを調整すると、ショルダーバッグみたいにして肩に引っかけた。
そうして無言で、こっちに手を突き出してくる。
カメラを返せと言いたいらしい。
「ありがとう、とか一言くらいねぇの?」
「わざわざ言ってほしいの?」
「言うのが普通だろ」
「何かムカつくから言いたくない」
「もういいよ。めんどくせぇ」
日崎はカメラを受け取ると、すぐさまハンカチを取り出して拭き始める。
「お前っ……。俺のこと何だと思ってんだよ。さすがに傷つくぞ」
「何が?」
絶対にわざとだ。日崎の白々しいとぼけ顔に突っ込むのもバカらしくなってくる。
これ以上言い合うのはやめにして、日崎から少し離れて、両手でピースサインをつくってにっと笑う。
「なぁ。こんな感じでどうかな?」
「何やってんの、それ」
「せっかくだし、一枚撮ってくれよ」
「何で私があんたの写真なんか撮らなきゃいけないの?」
「ええっ? いや、いいだろ別に。一枚くらい」
「だから。きれいな海の写真撮ろうと思ってるのに、何でわざわざ汚いのを写さなきゃいけないの?」
「ええー……。汚いのって……。いくら何でもそこまで言うか?」
「何か事実と違った?」
「わかったよ。もう頼まねぇよ。いいもんねー。スマホで自撮りするから」
「何でもいいけど、フレームにだけは入ってこないでよね」
日崎は言うだけ言うと、ひとりで石の階段を下りていく。
かっこよく撮ってもらえるかもってちょっとわくわくしてたのに。テンション上がってたのをいじったの、よくなかったかな……。
まぁいいや。当分は別行動ってことでよさそうだし、イライラさせられることもないんだ。俺は俺で海を楽しもう。
スマホのカメラを起動する。ところが、画面がカメラモードに切り替わると同時に電話がかかってきて、さらに画面が切り替わってしまった。
豊橋先生からの着信だ。
「はい。もしもし」
「お前なぁ。言われなくてもたまに連絡くらい入れてこい」
「あー、すいません。全然頭になかったです」
「まったく……。それで、状況は?」
「今、海に来てるんすよ」
「海?」
「明野浜ってとこです」
「おぉ。明野浜か。また遠出したもんだな」
「はい。それで、日崎は写真が撮りたかったみたいです。さっき、海の写真撮るって言ってました」
「すぐ近くにいるのか?」
「はい。いますよ。今、あいつだけビーチのほうに下りてます」
「そうか。心配してたけど、思ったより順調らしいな」
「順調……、って言っていいんですかね……。実は、ちょっと事件もあったんですけど」
「事件? 何だ?」
「ひったくりです」
「何?」
「日崎のバッグが盗まれたんです。あいつ、犯人に突き飛ばされて、肘のとこけがさせられて……」
「バカがっ!」
怒鳴り声にかぶせて、ばんっ、と何かのぶつかる音が聞こえてくる。
机を殴りつけたみたいな音だ。
「そんなことになってて、何でさっさと電話よこさなかった!」
「いや、あのっ……、はい……。すいませんでした……。けど、こっちもいろいろあったんすよ」
「わかった……。詳しく聞かせろ」
電車を下りてから、ひったくりとごちゃごちゃあって、日崎と一緒にバスに乗るまでのいきさつを細かく伝えていく。
「なるほどな……。一度ひったくりの話に戻るが……」
「はい」
「盗んだバイクだった可能性があるな。人目のつく場所に置いておきたくなかったんだろう。あるいは、防犯カメラを避けたかったか……」
「あー。それ、あるかもしれないっすね」
「お前。バイクのナンバー覚えてるか?」
「えーっと……、んん? あっ! そういや、ついてなかったです! ナンバープレート!」
「ほぼ確実に盗難バイクだな」
「そういうことか……」
「それにしても、よくカメラだけでも取り返したな」
「たまたまですよ。ただのラッキーです」
「無茶は褒められたもんじゃないが、よくやったな」
「あ……。ありがとうございます……」
「ほかに言っておくことはないか?」
「はい……。あー、そうだ。一つだけいいですか?」
「どうした?」
「日崎のことなんですけど。あいつ、中学……」
「ん? 何だ。はっきり言え」
「あいつって、その……。カメラ、好きなんですか?」
「あぁ。カメラか。ガキの頃からずっとはまってるらしいぞ。相当好きだと言っていいだろうな」
「へぇー。そうだったんですね」
「何だ。それだけか?」
「はい。ちょっと気になっただけです」
「そうか。任せきりにして悪いが、日崎のこと、頼んだぞ」
「はい」
「まぁ、せっかく海まで来たんだ。好きなだけ遊べ」
「はい!」
「ただし、明後日からテストだってことは忘れるなよ」
「うあ……、はい……」
「もう切るぞ」
「はい。失礼します」
スマホをポケットに戻す。
何を聞こうとしてたんだ、俺は。
日崎が中学でどんなだったかなんて聞きたいかよ。興味ねぇだろ。そもそも日崎自体に興味がねぇんだから。言ってみれば、全然腹が減ってないのにマズそうな料理見せられてるみたいなもんだ。そんな状況で誰が食うんだよ。そうだろ。
何かよくわっかんねぇけど、頭の中がもやもやする。
やめだ、やめやめ。もっと別のこと考えよう。
そういえば、月曜から期末テストなんだよな。本当だったら海なんか来てる場合じゃなくて、勉強してないとダメなんだろうけど……。まぁ、家にいたって勉強しないけども。
何にもやる気が湧いてこなくて、ぼーっと浜辺を眺める。
いくつもビーチパラソルやテントがたてられているし、海水浴を楽しんでいる人も大勢見られるものの、運転手さんが言っていたように、本格的なシーズンにはまだちょっと早いようで、人でごった返しているという感じはしない。
すぐわきを、水着姿の、十歳くらいの少年二人がわいわい言いながら通り過ぎていく。
「黄色のボールんとこまで行こうぜ!」
「えー。遠いよ。無理だって」
「行けるって! 余裕だよ!」
黄色のボール? と思って少し聞き耳を立てていると、どうやら遊泳区域を示すブイのことを指して言っているらしかった。
確かに、沖のほうに目を凝らすと点々とブイが浮かんでいるのが見える。
かなり遠そうだ。感覚だけど、二百メートルくらいはありそうな気がする。
あそこまで泳げるかどうか、か……。
何だよ、何だよ。めっちゃ面白そうじゃん!
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