第34話 ご宿泊
居間に戻ってきた日崎は、出ていったときよりも格段に機嫌の悪そうな顔をしていた。
「投げるよ」
短く言ってスマホを放り投げてくる。
「うわっ! だっ! なっ!」
すぐさま上体を起こして、一度手のひらでバウンドさせてからスマホをキャッチする。
あぶねーなぁ。精密機械だぞ、これ。自分のじゃないからってむちゃくちゃしやがって。
画面を見ると、保留のボタンが押されていた。まだ先生とつながっているらしい。
「もしもし?」
「月坂。そこで一泊してくれ」
「ええっ? そろそろ帰らないとなー、って思ってましたけど……」
「泊まりたくないか?」
「あー、そうですね……。ご飯すっごいうまいですし、おじさんたちとしゃべってるのも楽しいですから、全然そうしたいくらいですけど……」
「金のことなら、私が全部出してやる」
「えっ! マジですか! タダで泊まってっていいんですか?」
「多少ボロいが、いい宿だぞ」
「はい! じゃあ、ぜひ!」
「ただ、一つだけ注意がある」
「何ですか?」
「今日そこで一泊することは、家族には黙ってろ。友達にも誰にも言うな」
「えっ。何かマズいんですか?」
「詳しい理由はまた今度教えてやる。とにかく黙ってろ」
「はい……。よくわかんないですけど……、わかりました」
「よし。もう切るぞ」
「はい。失礼します」
スマホをポケットに戻す。
何をあらたまっているのか、日崎は行儀よく座布団に正座していた。
その日崎の後頭部に向かってしゃべる。
「悪い。なんか俺、今日ここに泊まることになった」
日崎が首を曲げてこっちを見る。
「あんたってさ。ほんとバカだよね。ゴミしか詰まってないんじゃないの? その頭」
「はぁ? 何でそんなこと言われなきゃいけねぇんだよ」
その言葉の途中で、すーっ、と障子戸が開けられた。
びっくり顔でいるおばさんと目を合わす。
おばさんはすぐには居間に入らないで、ちょっとの間、立ちすくんでいた。
「何? どうしたの? ケンカ?」
「あ、いえ、全然そんなんじゃ……」
心配そうに見つめるおばさんにどう説明しようかと言いよどんでいると、横から日崎が割って入ってきた。
「私、一晩ここに泊めてもらいたいんですけど、構いませんか?」
「ええーっ! えっ? 何? お前も泊まんの?」
日崎はこっちに振り向くこともなく、静かにおばさんの言葉を待つ。
おばさんはまばたきして、困ったように笑った。
「もう部屋の用意しちゃったし……、二人とも、泊まりに来てくれたんだと思ってたけど、違ったの?」
「ありがとうございます。お世話になります」
日崎が丁寧に頭を下げる。
遅れて、自分もなんとなくで頭を下げる。
えっ……。どういうこと? んんー? ま、いいか。
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