第33話 バカがうつりそう
服の裾を使って、月坂から借りたスマホの液晶を拭く。何だか汚い気がするから。
「電話、代わりました」
「あぁ。まずはバッグの件だが……」
「はい」
「すまない。まだ手もとにはないんだ」
「そうですか」
「だが犯人は捕まった。バッグは無事だ」
「いつ返してもらえるんですか?」
「それが問題なんだが、いくつか段取りがあるらしくてな。あと何時間かかるか……、もしかすると、明日になってしまうかもしれんという話なんだ」
「今日中には返してもらえないんですね」
「すまないな……。そこで一つ提案なんだが。日崎。悪いけど、そこの民宿で一泊してくれないか?」
「無理です。親にどう説明しろって言うんですか」
「そうだな。お前は今日、悩み相談ってことで、私の家に一晩泊まることになったって話にしないか?」
「口裏合わせしろって意味ですか?」
「ダメか?」
「一つ確認しておきたいんですけど。明日には、バッグ返してもらえるんですよね?」
「昼前までには必ずな」
「必ず? どうして言い切れるんですか?」
「私がどうにかしてみせる」
すごく自信のある声に聞こえる。やっぱり怪しい。
「ここの民宿に連絡を入れたの、三時頃だったそうですね」
「それがどうかしたか?」
「何か狙いがあるんじゃないですか? 私がここに一泊したところで、何も変わらないと思いますけど」
「泊まるのはお前一人じゃないぞ」
「何ですか?」
「月坂も一緒だ」
「はあ? 意味わかりません。私はバッグを返してもらえるまで待つだけです。どうしてあれと一緒にされなきゃならないんですか」
「大丈夫だ。部屋は別々にとればいい」
「そんなこと言ってません」
「一日あいつといて、どうだった?」
「何の話ですか」
「バカがうつりそう、とか思わなかったか?」
思った。何回も。
「思いましたけど。それが何ですか?」
「いい刺激になったんじゃないか?」
「何の関係もありません。あんなのただのバカです」
「だが、悪いやつじゃないと思わないか?」
それは、そう思う……。反論したいけど……。
豊橋が続けて言う。
「お前が本気で助けてくれって言ったら、身を捨ててでも何とかしようとするはずだ。結果が伴うかどうかは怪しいけどな」
「どういう意味ですか? 私、何も困ってませんけど」
「中学のときの話、してみたらどうだ」
「何で……」
「月坂に嫌われるの、怖いか?」
「とっくに嫌われてると思いますよ」
断言できる。非常識な言動をしてるって自分でわかっているんだから。
だいたい、初めから好かれようなんて思ってないし。
「本当に嫌われるのが怖いから、先手を取って、自分から嫌われようとしてるんだろ。土谷に対してもそうだ。違うか?」
本当にうるさい、この人。
「違います。そんなことありません」
「日崎。私はまだまだ新米の教師だ。たいした経験もない。それでも、お前が苦しんでることくらいはわかる。私を頼ってくれとは言わないよ。けどな、お前はもっと、自分が楽になる方法を考えろ」
「ほっといてください。私はこれでいいんです。今のままで十分です」
「本当にそうか? 私には、とてもそんなふうには見えないぞ」
「私があれと仲良くなるように仕向けて、学校に戻りやすいようにしたいんですよね?」
「そうかもな」
「やっぱり、バッグ、本当はもう取り戻してるんじゃないですか?」
「それはさっき説明しただろ。とにかく明日まで待ってくれ」
「おじさんたちにも、とっくに話、通してあるんですよね?」
「あぁ。お前たちが今晩泊まれるように準備してくれ、と伝えてある」
「わかりました……。いいですよ。今日はここに泊まります。でも、あれと話すことなんてありません。それでもバッグは返してもらいますよ」
「わかった。お前がそれでいいと言うなら、私からはもう何もない」
「もしかして、ですけど……。あのひったくりもそっちが手を回してた、なんてことないですよね?」
「待ってくれ、日崎。ほかは何を疑ってくれてもいいが、それだけは絶対にない。偶然だ。月坂をナイフで襲ったんだぞ。私は、クズと話を合わせていられるほど出来た人間じゃない。それは理解してくれ」
確かに。この話は少し考えただけでもいろいろと無理がありすぎるように思う。
あのひったくりはただのクズだ。豊橋がそれを利用したことは明らかだけど。たぶん、それ以上のことはないんだろう。
でもそう考えると、それなのに豊橋がバッグを取り返してくれている、ということは、どんな方法を使ったのかは知らないけど、私のためにあれこれ手を尽くしてくれたってことだ。それには感謝しないといけない。癪だけど。
「もういいですか? あいつに電話代わりますよ?」
「あぁ。頼む」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます