第43話 楽しい時間

 日崎と宮火がケンカになった、という話はあっという間に広まってしまって、クラスの全員に知られることになったものの、殴り合いだとか、どっちがけがをしたとかさせたとか、そこまでインパクトのある内容ではなかったから、大きな騒ぎになることはなかった。


 ただ二年生の間では、ちょっとした事件があったらしい、と噂になってしまっていたようだった。


 放課後、写真部の三人で校外に出てフォトコンテストのための写真を撮るべく町を歩いていると、その途中、佳奈ちゃんが近寄って声をかけてくれた。

 いつもと違う、緊張した声色としゃべりにくそうな様子から、宮火に関連した話だろうということはすぐに見当がついた。


「綾ちゃん。あのね……、その、綾ちゃんが誰かとケンカになったって話、聞いたんだけど、本当?」

「うん。まあね」

「何だったの?」


 前を歩く先輩には聞かれないように少し歩幅を狭める。

 気を利かせて、佳奈ちゃんはすぐに歩調を合わせてくれた。


「今日、体育あったんだけど、着替えようとしたら体操服がびしょびしょなっちゃっててね。それやった犯人が宮火ってやつなんだけど、そいつに、何でこんなことすんのって言ったら、逆ギレされたって話」

「ええー……。でも何で? その宮火さんって人と、何かあったの?」

「それが全然心当たりなくてさ。ちゃんとしゃべったこともないのに……。ほんと何なのって感じ」

「先生には? 言った?」

「まだ。言わなきゃダメなんだろうけどさ……、仲直りしろ、とか言われそうでしょ?」

「できそう?」

「絶対無理。だってマジな顔で土下座しろとか言ってくるんだよ?」

「ええっ? 土下座?」

「引くでしょ。それにさ、前に上履き隠されたことあって。これで二回目なんだよね、嫌がらせ」

「そんなことあったの? ひどい……。あっ、先輩には? 先輩だったら、何とかしてくれるかも」

「待って、佳奈ちゃん。先輩には黙ってて。言わないで、何も」

「何で?」

「先輩に言ったら、今すぐ宮火の家に突撃だ、とか言いそうでしょ?」

「うん。言いそう」

「それで話がまとまればいいけどさ。今度は先輩と宮火の間でいざこざになりそうで怖いんだよね。そうなったら最悪でしょ?」

「確かにね……。普通にありそうだね、それ」

「だから先輩には秘密にしてて。こんなことで余計な心配かけたくないから」

「でも……」

「大丈夫。何ともないって。だから佳奈ちゃんもいつもどおりにしてて」

「そう?」

「うん。ありがとね、気にしてくれて」

「うん……」

「あーやーっ! かーなーちゃーん! こっちこっち!」


 遠くで先輩が手を振っていた。

 その元気な声から察するに、何か面白いものが見つかったらしい。

 いい写真、撮れるかも。

 振り返ると、佳奈ちゃんはまだ何か言いたそうな感じで、眉を寄せて難しい顔をしていた。


「行こ! 佳奈ちゃん!」


 強引に手を引いて駆け出す。

 佳奈ちゃんはびっくりしていたけど、こっちが少し無理して笑顔をつくると、すぐにいつもみたいに笑ってくれた。

 佳奈ちゃんと先輩と、写真撮って、ふざけ合って、一日のうちで一番楽しい時間なのに宮火のことなんて考えたくもない。それが本心だった。

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