第78話 全員出席


 チャイムが鳴り響く中、豊橋先生が気だるそうにして教室の引き戸を開ける。今日もまた寝癖がついたままだ。せっかくきれいな髪なのに。

 先生に気づいていながらいつまでも雑談しているような馬鹿はいない。皆一様に口を閉じて席につく。


 たまにほかのクラスの子たちとしゃべる機会があるけど、三組の人はかわいそうだね、と言われることが結構ある。

 それは、この学校の生徒なら誰でも一度は豊橋先生が乱暴な言葉づかいで生徒を叱責している場面を見たことがあるはずだから、先生は怖い人というイメージがついてしまっていて、あんな先生が担任だと何かと窮屈そうだね、という意味なのだけど、先生としっかり言葉を交わしたことがある人ならそれは誤解だってわかるはずだ。厳しいだけじゃなくて、本当はものすごく生徒思いで素晴らしい先生なんだってことを。


 少なくとも私は先生のことが大好きだし、怖がるようなことなんて何もない。だって自分が今こうして学校に通うことができているのは、先生と美咲がいろいろと気遣ってくれたおかげなんだから。二人とも大恩人だ。

 ついでにあともう一人カウントしてあげてもいいけど……。


 起立、礼、着席、の号令で皆が席につく。

 その直後、がらがらっ、と勢いよく引き戸が開けられた。

 息を切らした男子が一人、気まずそうに頭を下げる。


「すいません。遅れました……」


 教壇から鋭い声が飛ぶ。


「月坂。何か言い訳してみろ」

「へっ? あぁ……。えーと、足の骨が折れたんで遅れました」

「家から学校までの間にか?」

「はい。ついさっきに」

「どっちの足だ?」

「えと、両足です」

「よく立っていられるな」

「はい。気合いで」


 静まり返った教室の中、くふふっ、と誰かが吹き出した。

 美咲だ。まだ小さく肩を震わせている。


「次はないぞ。さっさと座れ」


 そう言うと先生は軽く手を払って月坂に着席を促す。


「いいんですか?」

「あとで土谷に礼を言っとけ」


 美咲が笑ったから遅刻免除ってことらしい。

 よっしゃ、と月坂が小さくガッツポーズをつくる。


 たった一つ残っていた空席が埋まる。

 一年三組、全員出席だ。

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