第二章 日崎さんはお悩みです

第77話 親友

 ちらりと掛け時計を見上げる。

 時刻は午前八時過ぎ。

 シャカシャカ、とシャーペンを振って芯を出しつつ、教科書のページをめくって残りの問題を確認する。うん。このくらいならホームルームまでには余裕で間に合う。次は因数分解だ。


「おはよー、綾。何してんのー?」


 女の子が背中に覆いかぶさってくる。そんなに重くはないけど、前屈みになってしまってこれじゃあ手が動かしにくい。

 目は合わさないまま、というよりも合わせられないまま挨拶を返す。


「おはよ。宿題、あったの忘れててさ」

「えっ。大丈夫? 豊橋先生一限目だよ」

「うん。だからそろそろやめて」

「ごめんごめん」


 口ではそう謝りながらも、女の子は背中にぴったりくっついたままで全然離れてくれない。その体勢のまま、こそっと耳打ちしてくる。


「私の、写す?」

「ありがと。でも平気。何とか間に合うから」

「ふふふ。そっか……。こうしてても?」


 寄りかかるのはやめてくれたのに、今度は両手で目隠しをしてくる。


「ちょっと。美咲」


 ため息をついていったん手を止める。

 目隠しされたままでなんてできるわけがない。


「怒る?」


 心底楽しそうな声だ。


「あと五秒で怒る」

「五秒?」

「よん、さん、にぃ、いち……」


 ゼロ、と言いかけたところでぱっと視界が明るくなる。

 えへへっ、と幸せそうに微笑む美咲に頑張ってむすっとした顔をつくるけど、すぐにつられて口もとをほころばせてしまう。

 弱いんだよなぁ、私。


 美咲はずっと笑顔のままで、


「じゃあ髪の毛触ってるね」


 と、今度はくしを使って勝手に私の髪をとかし始めた。

 まぁ、これくらいだったら邪魔にもならないけどさ。


「もう……」


 本音を言うと私だってもっと美咲としゃべっていたいし、ふざけていたい。でも今は宿題を片しちゃわないと。

 あーあ。ちゃんと家でやってくればよかったなぁ。


 美咲とよくしゃべるようになったのはここ二カ月くらいのことだけど、自分にとってはもう最高の友達の一人だ。クラスメイトということもあって、暇さえあれば今みたいにぺちゃくちゃしゃべっているし、最近はお互いの家で遊んだり二人で出かけたりすることも多い。親友です、って誰にだって鼻を高くして紹介できる。

 優しいし、賢いし、たまに不思議なところもあるのだけど、それもまた彼女の魅力で、一緒にいるとそれだけでとても楽しい。

 恥ずかしいから口に出しては言わないけど。


「綾。ちょんまげつくってもいい?」

「ほんとにやめて」

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