第76話 大丈夫
スマホの電話帳を開いて、金見先輩の名前をタップ、続けて画面下の発信ボタンをタップする。
突然だけど、出てもらえるかな?
コールは四回目の途中で止まった。
「綾? 綾なんでしょ? 綾なんだよね?」
先輩の、すっごく慌てた声だ。懐かしい声。
「お久しぶりです。先輩」
「綾……。バカ……。遅すぎだよ……。どんだけ待ってたと思ってんの……」
「すみません」
「ううん。いい……。ありがとね、電話くれて」
「ふふふっ……」
「何?」
「声、変わんないですね。先輩の声、って感じです」
「何それ。綾だって、綾の声、って感じだよ? 全然変わってない」
「そうですか?」
「うん」
「って、そんな話じゃなくって……」
「うん。どした?」
「今度、一緒にどこか行きませんか?」
「嘘……。マジで言ってる? マジで言ってんだよね?」
「はい。私、先輩と一緒にまた撮影会がしたいです。できたら、佳奈ちゃんとも一緒に……。もう一回……。付き合って、もらえますか?」
先輩はぴたっと黙ってしまった。
だけど受話口からは、不規則な、弱い呼吸の音がかすかにもれ聞こえていた。
少ししてから、先輩が返事をくれる。
「ずーっと、ずーっと会ってくれなかったぶんの埋め合わせ、きっちりしてもらうからね。簡単には帰さないから」
「ふふっ。はい。楽しみにしてます」
「お泊まりでもいいの?」
「いいですよ」
「おっけー。超しゃべるからね、私」
「私も、先輩に話したいことたくさんあるんです」
「うん。じゃあいつにする? あ、そうだ! 今日は? これから会おうよ。佳奈ちゃんも連れてくし」
「ちょっと待ってください。さすがにいきなりすぎですよ」
「何でよ。いいじゃん」
「もう夕方ですよ?」
「いいのいいの」
「ていうか私の学校、今テスト期間中なんです。明日もテストで……」
「関係ないでしょ、そんなの」
「ありますよ。無茶言わないでください」
「もおー……。じゃあいつ?」
「私、ちょっと出席日数が足りてなくって……。夏休みになったらすぐ、夏期講習受けなきゃいけないんです。なんで、そのあとくらいでどうですか?」
「それ、終わるのいつ?」
「えっと、確か八月の……」
「ええーっ! 超先じゃん!」
「そんな先じゃないですよ。ひと月くらいです」
「ひと月って……、やっぱ超先じゃんか! そんなに待てないって!」
「えぇー……。うー……。すみません……。でも私、今日、先輩と話したくって……」
「むー……。わかったよ、もう……。じゃあそれまで我慢する。そんかわり、絶対だからね」
「はい。絶対です」
「綾……」
「何ですか?」
「本当にもう、大丈夫なの?」
「はい。大丈夫です。私、もう何ともないです」
「そっか……。そっか……。うん……」
「先輩?」
「あぁーっ!」
「えっ。どうしたんですか?」
「蚊に刺された……。足の小指んとこ……」
「何ですか、それ……。どうだっていいですよ」
「どうだってよくないよ! 超かゆい!」
「あははっ。あはははっ」
うん。私はもう、大丈夫。
だって、今すぐにでもカメラを持って走り出したい。
先輩と佳奈ちゃんと、三人の写真を撮りたい。そうだ。土谷さんも誘って四人の写真も欲しいな。
月坂には、土谷さんとのツーショット写真を撮ってあげよう。きっと大喜びしてくれる。
先生にお礼の写真をプレゼントするならどんなのがいいだろう。
あー。やりたいこと、いっぱいだ。
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