第5話 NGワード
車は下校途中の生徒たちを次々と追い越していく。
ちらほらと、先生の車だと気づいた生徒が、会釈をしたり手を振ったりして先生に挨拶をする。
先生にとってはいつもの光景なんだろうけど、そのせいでこっちまで注目されているような気がして恥ずかしくなってくる。せめて後部座席に座らせてもらえばよかった。
「月坂。お前、土谷のことが好きなのか?」
「あなあっ! 何ですか! いきなり!」
不意打ち過ぎる。
「授業中、ちょくちょく土谷のほうを気にしてるだろ」
「えうっ……。いや、あの、そんなこと、ないっすよ……」
バレてたのか……。
「何も担任だからって、生徒の恋愛のことまであれこれ言うつもりはないけどな。お前はもう少し真面目に勉強しろ。土谷のせいで気が抜けて、これ以上成績が落ちるようだったら話にならんぞ」
「はい……。あれ? えっと……。ってことは、じゃあもしかして、先生、それで俺のために夏期講習のこと……」
「アホか。変なときだけ頭働かすな」
「違うんですか?」
「まったく違う。お前を夏期講習にねじ込んだのは単に勉強させるためだ。まぁ、お前の成績がどうなろうと、土谷がお前のことを特別な目で見ることは一生ないだろうけどな」
「先生……。何でそんな悲しいこと言うんですか……。ちょっとくらい応援してくれたっていいじゃないですか……」
「誰が応援なんかするか。面倒くさい」
「はあー。そうですよねー。先生の場合、人のことよりもまず自分が」
ばんっ、と思いきりハンドルを殴りつけて先生が言葉をさえぎってくる。
「すいません……。何でもないです……」
まずったー。もう左側の景色だけ見ていよう……。
重苦しい空気の中しばらく町並みを眺めていると、車の進む道が普段から使っている通学路とさして変わらないことに気がついた。
そういえばまだ、どうして車に乗せられているのかその理由も行き先も聞かされてはいない。
「あの、先生……。一個だけいいですか?」
「何だ」
「これ、今どこに向かってるんですか?」
「日崎の家だ」
瞬間、息を詰まらせてしまった。
目ん玉をひんむいて先生の横顔をにらむ。
先生をキレさせるNGワードが結婚なら、こっちは日崎だ。その名前を聞かされるだけでむかっ腹が立つ。
「止めてください。今すぐに」
「お前に頼みがある」
「それで俺に詳しい話するの渋ってたんですね。言ったら俺が嫌がるから」
「おい。少し落ち着け」
「やり方、汚くないっすか?」
「話くらい聞け」
「何なんすか、マジで……。だって騙してたんですよね?」
「それは悪いと思ってる。すまん」
「最悪だよ、もう……」
「お前には、日崎がまた学校に戻れるように手助けしてもらいたい」
「知りませんよ。そんなの」
ため息をついてだらりとシートにもたれかかる。
先生を前にして取るような態度じゃないってわかってるけど、今だけは、礼儀をわきまえろなんて言われても無理だ。できないものはできない。
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