第72話 静かな校舎

 廊下の曲がり角に隠れて、豊橋先生が戻ってきてくれるのを待つ。

 登校時間にはまだかなり早いせいで、校舎の中はしんとしていて、ほかの生徒の姿はない。

 少しして、先生だけが生徒会室から出てきた。

 こっちのすぐそばにまで寄ってきて、


「ほれ。行ってこい」


 と生徒会室に向けてあごをしゃくる。

 やっぱ無理、かもしれない……。

 今朝はリビングに入るときもちょこっと緊張したけど、今はそんなもんじゃない。

 心臓がバクバク鳴ってる。

 先生が腕時計を確認しながら言う。


「うん。時間はたっぷりあるな。しっかりやれよ」

「はい……」

「何だ。緊張してるのか?」

「そりゃあ、緊張しますよ……。こんなの……」

「そうか。だったら、思いっきり緊張したまま行ってこい」

「えっ?」

「緊張して、悩んで、そうやって本気になって頭を使うほど、人間ってのは成長できるんだ。だから今は目いっぱい緊張しろ。何も悪いことじゃない。むしろいいことだ」


 ムッとした顔をつくって先生を見上げる。


「先生って、実は結構いじわるですよね?」

「はっはっはっ。私なりに励ましてやってるんじゃないか」

「じゃあ何でそんなに楽しそうなんですか」

「そりゃ楽しいに決まってんだろ。かわいい生徒が、今まさに大きく成長しようとしてるんだからな」


 先生のにんまり顔に、余計に腹が立ってくる。

 絶対からかって面白がってるだけだ、この人。

 はぁー、と息を吐き出して、大きく深呼吸する。


「日崎。そんなに心配するな。うまくいくさ」


 他人事だと思って、もう……。

 ああー、気が重い。けど、行くしかない。

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