第71話 おはよう

 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピッ……。

 目覚まし時計の頭を触ってアラームを止める。


 まだ寝ていたいのに、ちょっと頑張って起きなきゃいけない、このだるい感じ、ずいぶんと久しぶりな気がする。

 実際、ほぼ三カ月ぶりなんだから、それで合ってるんだけど。


 部屋を出て、階段を下りる途中でいったん立ち止まる。

 胸がドキドキしてる。

 大丈夫、平常心、なんともない、って自分に言い聞かせてから、階段を下りてリビングの扉を開ける。

 いつもどおり、父と母はもう起きていて、テーブルに向かい合って朝食を食べていた。


 コーヒーと、焼いたパンのいい匂いがする。

 平気な顔で、


「おはよ」


 と声を出すと、母は若干驚いた顔をしながらも、


「うん。おはよう」


 と、すぐに返してくれた。ただ、その横で父は目を見開いたまま、


「あっ……。えっ……。綾……」


 と小さく声をもらしただけで、挨拶は返してくれなかった。

 びっくりしすぎて挨拶どころじゃないみたい。

 朝食はイチゴジャムトーストとミルクティーにしようかな、と決めて、キッチンに入って、まずはトーストの準備から始める。

 手を動かしながら、


「今日、学校行くから」


 と言うと、その言葉で急に父が咳き込みだした。

 いくら何でもびっくりしすぎでしょ。


「大丈夫?」


 と母に気遣われながらも、父はこっちにたずねてくる。


「どうしたんだ? 本当に……」

「とりあえず今日一日だけ。テストだし、午前中だけだから」

「あぁー……。そうかそうか……。とりあえず、今日一日だけ、な。うん……。まぁ、いいことなんじゃないか? なぁ?」


 父から話を振られて、母も、


「そうね」


 と笑って頷いてくれた。

 やっぱり昨日に何かあったに違いない、と言いたそうに、二人はいぶかしげに顔を見合わせていたけど、そのあとはもう、何でもない、いつもどおりの朝という感じだった。


 新しい扇風機を買うとか買わないとか、家庭菜園するならどんな野菜がいいかとか、そんなことを話しながら朝食を食べる。

 三人でそうしていると、何だか時間が戻ったみたいで、懐かしくて、ちょっと恥ずかしくて、居心地が悪くて、だけど自然と笑ってしまうような、そんなくすぐったい感覚があった。

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