第14話 再会
券売機で適当に安い切符を買って改札を通る。
早いとこ日崎を見つけないと。
駅にはホームが二つあって、四本の線路がそれぞれのホームを挟むようにして伸びている。日崎が何番線の電車に乗るつもりなのかわからない以上、はしからはしまで地道に見ていくしかない。
手前の階段を上ってホームに出る。
三百六十度、向かいのホームまで見渡して愕然としてしまう。
土曜日のお昼、ということでそこまで混雑しているわけではないけど、大勢の人が電車を待っている。正確な数は知りようもないけど百人近くはいそうだ。
急ごう。
走りながら日崎の姿を探す。
そういや日崎の服装ってどんなだったっけ? 普段からファッションのことなんて気にもしないせいでよく思い出せない。そんなに派手な格好ではなかったと思うけど……。
しかたない。まぁ、あのつんけんした雰囲気というか、まがまがしいオーラみたいなので何となくわかるだろ。たぶん。
右に左に、せわしなく首を振りながらホームを走る。
どこかのスピーカーから電車の接近を知らせるメロディが鳴り出した。続いてアナウンスが始まる。
「まもなく、四番乗り場に、十三時、三十五分発……」
四番乗り場ってことは向かいのホームだ。
日崎はこの電車に乗るつもりなのかもしれない。
走るのはいったんやめて、早歩きで向かいのホームを重点的に見ていく。
だめだ。見当たらない。
時刻表のかげとか、自販機で何か買っているとか、ここからでは見えにくいところで電車を待っているのかもしれない。
ふと、向かいのホームのベンチに女の子を見つける。
少しうつむいているせいではっきりとはしないけど、似てる、気がする。
あんな感じだったような、でもちょっと違うような……。
四番線のホームに電車が入ってくる。
ベンチの女の子が立ち上がった。肩に白いバッグを引っかけて歩く。
日崎だ。自信はないけど、たぶん。
即座に体を反転させて、大急ぎで下り階段に走る。
トンネルになっている通路を駆け抜けて、三番線と四番線のホームに続く階段を二段飛ばしでのぼっていく。
電車はもう停車していて、乗客の乗り降りが始まっていた。
大勢の人が改札口を目指してこっちへと歩いてくる。
ベンチのところまで行きたいけど、人の流れに阻まれてもたついている間にドアを閉められてしまいそうだ。
こうなったらもう賭けだ。
大音量の発車ベルに急かされて電車に乗り込む。
背後でドアが閉まって、ゆっくりと電車が動き出した。
後戻りはできない。さっきの女の子が日崎じゃなくて人違いだったらもう終わりだ。
貫通路を通って後ろの車両へと歩いていく。乗客の顔を一人ずつ確認しながら進む。たまに、何だこいつ、という顔をされるけど、気にしない。
はずれだ。この車両にはいない。
少し不安になりながらも、扉を開けて、二つ目の貫通路からさらに後ろの車両へと進んでいく。
「あ」
思わず声がもれ出てしまった。
座席に着いていた日崎が大きな目でこっちを見上げてくる。
絶対に何か言われる、と見越して、あえてこっちから自然なふうを装ってしゃべる。
「友達とかとさ、バイバイって言って別れたのに、すぐにまた会っちゃってなんか気まずくなるときってあるだろ? ああいうときって何しゃべればいいんだろうな」
日崎は何も言ってこない。
無視されてるのかな、と思って、そーっと目線を下げてみると、日崎はがっつりこっちをにらんでいた。
とんでもなく怖い。けど、ここは我慢だ。作戦どおり小細工なしで堂々と。
ガチャン、と二人掛けのクロスシートを転換させて、窓側の日崎とははす向かいの位置、通路側の座席に腰を下ろす。
「何なの? 本気でうっとうしいんだけど」
耳を塞ぎたくなるような鋭い声が飛んでくる。
「いや、なんつーか、言うだけは言っとこうと思ってさ」
「何?」
「豊橋、じゃない。豊橋先生な。さっき呼び捨てにしてたろ。目上の人に対して、そういうのはよくない」
「あっそ。わかりました。今度から気をつけます。これでいいでしょ。次で降りて」
「悪い。それはちょっと無理かも」
「何で?」
「まだ言うことがあるから」
「じゃあ聞くからさっさと言ってよ。それが済んだら消えて」
「今言ったって真面目に聞いてくれないだろ」
日崎は心底うんざりした様子で深いため息をつく。
「あのさ。席、空いてるじゃん。ほか行ってくれない? キモいから」
「家は隣に引っ越してきたくせに」
何て言い返してくるかな、と身構えていたけど、日崎は何も言ってこなかった。
不思議に思ってちらっと目をやると、日崎は横を向いていて、閉じた唇のはしっこをほんの少し引きつらせていた。まるでぐっと奥歯をかんでいる、みたいな反応だ。
あれ? もしかして言い負かしたのか、これ。
やったよ。初めて口で勝ってやったぜ。気持ちいいー。
長めの沈黙があってから、日崎が切り出す。
「豊橋に追試免除してやる、とか言われてやってんの?」
「そんな取引してねぇよ。あと、先生つけろ」
「じゃあ何の得があってこんなことしてんの? あんたの趣味なわけ?」
「んなわけあるか! さっきも言ったろ。お前に話があるんだよ」
「だから聞いてやるって言ってんじゃん」
「そのケンカ腰やめろって」
「変態相手にしてたら普通こうなると思うけど?」
何も言い返せないまま奥歯をかむ。
痛いところ突いてきやがって。そればっかりは同意見だよ、ちくしょう。
負けを認めて体の力を抜く。
「ちょっと落ち着こうぜ。お前が真剣に聞いてくれるんだったらちゃんと言うから」
「じゃあ一生しゃべんな」
「なっ……。お前っ……」
くそっ。また何も言い返せない。
はい、二対一で試合終了、とばかりに日崎はもうこっちには目もくれず、頬杖をついて車窓からの景色を眺めていた。
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