第15話 何のこっちゃ

 一つ目の駅について電車が止まる。

 すぐ近くのドアからは、降りる人はいても乗ってくる人は誰もいなかった。


「ねぇ。降りてよ」

「お前が降りたら俺も降りてやるよ」


 日崎がはっきりと音を鳴らして舌打ちする。


「あんたさ。自分がやってること犯罪だってわかってる?」

「あうっ……。言っとくけどな。俺だって好きでやってんじゃねぇからな、こんなこと」

「犯罪者」


 日崎は蔑みの目でこっちを見てくる。

 混雑はしてないけど周りには人もいるってのに。


「やめろって、マジで」

「ホントのことじゃん」


 わけもわからないままつきまとわれて、ひとりの時間を邪魔されて、そりゃあイラつくだろうけども、そんなふうになじられたら、こっちだって少しは言い返したくもなる。


「だったら言わせてもらうけどな、お前だって十分悪いことしてんだろうが。偉そうに人のこと言えるかよ」

「何それ。私が何の罪になんの?」

「一応は暴行罪とかになるんじゃねぇの。傷害、だっけ? 細かいことよく知らんけど」

「嘘……」


 そうつぶやいた日崎の声はかすれていた。その弱い声のまま続ける。


「お母さん、あんたにそんなことまで言ったの?」


 ずっと怒った顔ばっかり見せていた日崎が、今このときはとても不安そうな顔に見えた。

 たまにはこんな顔もするんだ、とちょっと驚いてしまう。


「ねぇ!」

「あ、いや、おばさんからは何も聞かされてないけど……」

「じゃあ豊橋?」

「だからちゃんと先生をつけろっての」


 日崎が立ち上がる。


「うるっさいっ! 豊橋がしゃべったのかって聞いてんのっ! 答えろっ!」

「お前……。声、でかいって……」


 日崎の大声のせいで、近くの座席にいた人のうちの何人かが、こっちを気にしてちらちらと様子をうかがっていた。

 立ち上がって、その人たちに向かって頭を下げる。

 何でこいつなんかのために俺が謝らなきゃいけないんだ……。まぁいいけど。


「何キレてんだよ。いきなり」


 ほんのちょっとでも時間があいたことで多少は気分が落ち着いたのか、日崎はぐたっとシートに寄りかかる。


「もういい……。中学のときのこと言ってんでしょ?」

「中学のときのこと?」


 何のこっちゃ、と口を半開きにして聞き返す。

 その反応が予想とは違ったようで、日崎は連続してまばたきを繰り返した。


「何のことかわかってないの?」

「全然。わからん」

「えっ……。じゃあ、傷害って何のこと言ったの?」

「お前だって、中学がどうとか、先生が言ったとかって何の話だよ」

「ちょっと待って。なんかややこしくなりそうだから、私のはいったん置いといて、あんたのほうからしゃべってよ。今だけは真剣に聞くから。本当に」


 日崎はまっすぐにこっちを見返してくる。

 にらまれている、と感じることなく日崎と目を合わせるのは今が初めてのような気がする。


「わかった……。じゃあ俺からな」

「うん」


 日崎が素直に頷く。

 なんつーか、これはこれでやりにくいな。言わないでおくけど。


「俺が言いたかったのは土谷のことだよ」

「土谷って……。あの優等生ですって感じの子のこと?」

「そうそう」

「あ……。じゃあそれって、ふた月くらい前のこと言ってる?」

「えーっと、うん……、たぶんそう。うん。ってほら、やっぱわかってんじゃねぇかよ」

「あれね……」


 日崎は、なーんだそんなこと、と開き直るみたいにして何回か頷く。


「でも、何であんたが知ってんの?」

「見てたんだよ、直接」

「見てた?」


 五月の半ば。一学期の中間テストが近づいていた頃の日曜日だった。

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