第20話 バッグ
アイスクリーム目の前でペロペロして悔しがらせてやろうかな。
そんな悪だくみをしながらコンビニに入ったものの、店内の涼しい空気と、さらに気持ちいい冷房の風を浴びていると、いったい今まで何をカリカリしていたんだろうかと、自然と笑えてくるほど穏やかな心境だった。
結局、日崎へのいじわるは中止にして、おにぎりを三つとペットボトルのお茶を買って店を出る。
照りつける太陽と蒸し暑さにげんなりしつつも、ビニール袋を揺らしてバス停へと歩く。
なるほど。筋金入りの意地っ張りらしい。
すぐ近くに空っぽのベンチがあるというのに、さっきまでと同じく、日崎はぴんと背筋を伸ばしてバスの到着を待っていた。いったいどこの軍人なんだか。
日崎が肩のバッグからハンカチを取り出して額の汗を拭く。
いくら日陰の中でもいい加減熱中症になるぞ。またぶつくさ言ってきそうだけど、もう一回だけコンビニに行くか誘ってやるかな。あの涼しさに癒されれば多少はしおらしくもなるだろ。
信号機のない横断歩道を渡り始める。
後ろから力強い靴音が近づいていた。
首を横に向けると、ふっ、と黒い野球帽をかぶった男の人が追い抜いていく。
電車に乗り遅れそうで急いでいるのか、ただのジョギングなのか、男の人はまっすぐバス停のほうへと走る。
と、そこで急にスピードを上げた。
ハンカチをバッグに戻そうとしていた日崎から、一瞬のうちにバッグを奪う。
日崎は体勢を崩されて、
「きゃあっ!」
とすっ転んでしまった。
男は、倒れた日崎のことなんてまるで気にもしないで逃げていく。
ひったくりだ。
「日崎っ!」
すぐに起き上がって、でも座り込んだままの日崎に駆け寄る。
あっ、と目を見開く。
日崎は左の手首から肘にかけて擦り傷を負っていた。倒されたときに擦りむいたらしい。
痛々しく皮膚がめくれて血のすじができている。
「警察呼んどけっ!」
そう日崎に言いつけて、遠ざかる男の背中に狙いをつける。
逃がすか、クズ野郎。
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