第19話 バス停とベンチ

 振り切られてたまるか、と大慌てで精算機に小銭を突っ込んで駅を飛び出したのに、日崎はまだすぐ近くをのんびり歩いていた。

 少し拍子抜けしつつもその背中に声をかける。


「何でもっと逃げなかったんだよ」

「別に。どうせ追いつかれるだろうなって思ったし、無駄に汗かきたくないから」

「ふーん……」

「何?」

「いや、やっぱ頭のいいやつなんだなーって思ってさ」

「それケンカ売ってんの?」

「うえっ? 逆だろ。褒めてやったんだよ」

「うざい」


 はあー? 素直に感心したからよく言ってやったのに。

 日崎が歩調を緩めてバス停の前で足を止めた。指差ししながら時刻表を見つめる。


「嘘だろ? こっからまたバスかよ。どこまで行く気だよ、マジで」

「ねぇ。今何時?」

「えっ? あー、ちょい待って」


 スマホを取り出して待ち受けの時計を見る。


「二時四分」

「そ」


 日崎がバス停から離れる。


「何分のに乗るんだよ?」

「さあね」

「ちゃんと時間言ってやったろ」

「それが?」

「あーもう、めんどくせぇなー」


 時刻表を見て驚く。スカスカでほとんど真っ白だ。今の時間は、基本一時間に一本のバスしか出ていないらしい。

 次のバスまでは二十分近くある。


「結構待たなきゃダメだな」


 そんなふうに言ったところで、相づちの一つも返ってこないのは当然としても、何をするわけでもなく、ただ突っ立ったままでいる日崎に首をかしげる。


「そこ座れよ」


 木製のベンチをあごで指す。


「じゃああんたは立っててよ」

「え? 何で?」

「二人で並んで座るとか、気持ち悪いでしょ」

「そういうことか……」


 日崎に座る気がないならと、わざとベンチの真ん中に足を広げて座る。


「ああーっ。座ると立ってるより楽だなーっ!」


 日崎は道路の先を眺めたまま黙っている。

 何か言ってくればはしっこに詰めてやるのに。


 暇になって辺りを見回す。駅前なのにほとんど人がいないし、車もあんまり走ってない。自分の家の周りもなかなかの田舎だと思うけど、それ以上のような気がする。静かなのはすごくいいんだけども。


 左側に顔を向けると、車道を挟んだ通りの先にコンビニの看板が見えていた。

 ベンチから腰を上げて、それとなく日崎に近寄る。


「なぁ。腹減らね?」

「全然」

「俺さ、今日まだ昼飯食ってないんだよ。で、今二時過ぎだろ」

「だから?」

「そこのコンビニ入ろうぜ。時間潰すのにもちょうどいいだろ」

「何で私があんたに付き合わなきゃなんないの? 絶対ない」

「そういう話じゃねぇって。お前だって、ずっとここに立っててもしょうがないだろ。暑いし。やることもないし」

「関係ない」

「単純にコンビニ行こうって言ってるだけだって」

「だから何でそれをいちいち私に言うの? 勝手に行ってよ」

「お前ってホント頑固な」

「あんたがバカみたいなことしか言ってこないからでしょ」

「わかったよ。一人で行きます」

「初めからそうしてて」


 十メートルくらい歩いて振り返る。


「ほんっとに来ねぇの?」

「うるさい」


 あーそうですかい。

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