第12話 不審者

 大急ぎで日崎の家を飛び出す。

 図書館に行くなら、いったん大通りに出て河川敷を上流に向かうルートが最短距離だ。


 家族連れでにぎわう児童公園を斜めに突っ切って、大通りに出て、河川敷へと続く道のある北側の歩道に目を凝らす。


 いない。もしかしたら日崎の背中が見えるかも、と期待したけど、先に家を出た日崎との時間差を考えると、もう河川敷を歩いている頃かもしれない。

 地面を蹴って、加速し始めてすぐにぐっと踏みとどまる。


 いた。車道を挟んだ反対側の歩道、そこに日崎の姿があった。

 見つからないように、慌てて近くの電柱に寄りかかる。


 日崎はバスを待っているようで、バス停のそばに一人でぽつんと立っていた。

 バスに乗る気でいる、ということは、どこか遠くまで出かけるつもりなんだろうか。いずれにしても、今すぐ図書館に行くわけじゃなさそうだ。


 横断歩道わきの押しボタンを押して、日崎に気づかれないように背を向けて顔を隠す。

 冷静になってみると、こんなことをしていていいんだろうかと思わずにはいられない。

 何してんだろう、俺。これじゃあ完全に不審者だ……。


 日崎にばかり気を取られてわからなかったけど、いつからか、ポケットの中でスマホがブルブル震えていた。

 画面に表示された見覚えのない番号に眉をひそめつつも、恐る恐る応答ボタンをスワイプしてみる。


「もしもし?」

「日崎は見つかったか?」


 めちゃくちゃ知ってる声だ。


「先生? 何で俺の番号知ってんすか?」

「余計な話はいい。日崎は?」

「あぁ……、はい。ばっちり見つけましたよ。バス待ってるみたいです。今んとこ図書館に行く感じじゃなさそうっすけどね」

「そうか」

「あっ」


 遠くに薄緑色のでかい車体を見つける。


「何だ。どうした?」

「バスが来たんです」

「よし。お前も乗れ」

「まぁ、そうなりますよね……」


 ちょうど、せわしなく行き交っていた車の流れがぴたりと止まる。

 顔を上げると、横断歩道の信号が赤から青に切り替わる瞬間だった。歩き出す人のシルエットがこうこうと光る。


「月坂。とにかく日崎を見失うな」


 バスが速度を緩めて停留所に近づく。その大きな車体にさえぎられて、日崎の姿は隠れてしまった。

 走りながら横断歩道を渡る。


「そんなこと言われても……。つーか、先生も車でバックアップしてくださいよ」

「悪いがそれは無理だ」

「何でですか?」

「私はこれから学校に戻る。今日中に片づけなきゃならん仕事があるんだ」

「んな無責任な! こっちはほったらかしですか!」

「日崎のことはお前に任せる。何かあればこの番号にかけろ」

「ほんっと好き勝手ばっか……」

「お前が自分で役に立つって言ったんだぞ。簡単に曲げるのか?」


 癪にさわる言い方だ。


「わかってますって。ハッパかけられなくたって、やりますよ」

「頼んだぞ」


 そう言ってから、ふふっ、と満足そうに笑った先生の声がやたらと優しく聞こえた気がした。

 納得はできないけど、当てにされているならちょっといい気分かもしれない。いいように踊らされているだけな気がしなくもないけど。


 通話終了。

 スマホを握りしめたまま全速力でバスまで走る。

 バスの運転手さんはこっちに気づいてくれていて、ドアを閉めずに待ってくれていた。

 急いで乗り込んで整理券を取る。

 車内を見回す。


 いた。

 日崎はすぐ近く、一人掛けに白いバッグを抱いて座っていた。

 こっちを見て一瞬驚いた表情をしたものの、無言のまま、自分はこんなのと何の関係もありません、とでも言いたそうにさっと顔をそむける。


「発車します」


 運転手さんがバスを動かし始める。


 ちょうど日崎の真後ろに空席を見つけて腰を下ろす。

 少ししてから、車内放送の声にかぶせて日崎が声をかけてきた。


「ねぇ。何で乗ってきてんの?」

「なんとなく」

「キモいんだけど」


 日崎は言うだけ言うとすぐに前を向いてしまった。

 なんだそりゃ。わざわざ話しかけといてそれだけか。そういえば、尾行しろって言われていたけど、尾行って相手にバレていてもいいんだっけ?

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