第52話 理科実験室
九月が終わりにさしかかっていた頃、四限目の、実験室での理科の授業中、宮火と、宮火と同じ班の子の一人が何か言い合いを始めていた。
実験室での授業は、生徒がそれぞれ自由に、四人組か五人組の班をつくって授業を受けることが許されていて、宮火からかなり離れた位置に座っていられるため、自分にとっては、数少ない当たりの科目の一つだった。
それでも宮火の様子は常にチェックしておかないと、いざというときに対処が遅れてしまいかねない。
教壇から聞こえてくる化学反応の解説よりも、二人の言い争いに耳をそばだてる。
どうやら、実験器具の片づけをしていると昼休みの時間が削られてしまうから、という理由で、班の中で片づけ役を決めて、その一人にすべての片づけをやらせよう、という話があって、では誰がその役をするのか、という話で揉めているらしかった。
始めのうちは小さな声でしゃべっていたのが、話がまとまらずにやりとりが長引くにつれて、二人の声はだんだんと大きくなっていく。
「待ってよ。何? 何で私がやるって話になってんの?」
強引に片づけ役を押しつけられた子が宮火に反発する。
宮火は冷たく言い返す。
「お前が一番棚に近いとこに座ってんじゃん」
「ほんのちょっとしか違わないじゃん。そんなんで決めないでよ」
「うるせーな。やれって言ってんだからやれや」
宮火ににらまれても、その子は引き下がろうとしない。
「ジャンケンしようよ。それでいいじゃん」
「何でお前のためにいちいちジャンケンすんだよ。めんどくせぇ」
「あのさ。何か勘違いしてない? こっちが何でも言うこと聞くって思ってんの?」
「黙れよ。空気悪くしてんじゃねぇよ、カス」
「はあ? そっちだろ」
言い争いを見かねて、理科の先生が声を張り上げる。
「おい。そこ。お前ら。しゃべりたいことあるんだったら前に出てきてしゃべれ。時間やるから。しゃべりたいんだろ?」
宮火は何も言わないままで、先生のほうを見ようともしない。
静かになった教室で、先生はしばらく時間を置いて、途中まで進めていた解説を改めてやり直す。
そうして、みんなが授業に戻ろうとしていた、そのときだった。
「きゃあっ!」
と、甲高い声。
何事かと思って振り返ると、宮火は試験官立てを持ち上げていて、それを、今まさに投げつけようとしているところだった。
宮火が両腕を振る。
ガシャーンッ、とけたたましい音が響く。
何本もの試験官が割れて、ガラス片の飛び散る音にみんなの悲鳴が重なった。
「おいっ! 宮火っ! 宮火っ!」
大声で先生が怒鳴る。
けれども宮火はそんなことは気にも留めずに、無言のまま、ばんっ、と勢いよく引き戸を叩きつけて教室を出ていった。
先生は急いで宮火の班の子たちに駆け寄ると、けがはしていないか、薬品に触れてはいないか、と彼女たちの身を案じていた。
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