第26話 スイムキャップと砂のトンネル
ブイまで泳いで、浜辺まで戻って、自販機でスポーツドリンクを買って、しばらく寝転がって休憩して、またブイまで泳いで戻って、そんなこんなで気がつくとあっという間に二時間が過ぎてしまっていた。
帰り支度を始めている人がちらほらといるし、明らかにビーチパラソルの数が減っている。
まさか日崎のやつ、俺を置いて一人で先に帰っちゃってる、なんてことないよな……。
そう考えついてサーッと血の気が引いてくる。
やばい。普通にありそうだ。先生に頼んだぞって言われてるのに。
日崎を探して波打ち際を歩く。
急いで見つけないと、と焦ったけど、ほんの少し歩いただけであっけなく日崎は見つかった。
波打ち際にしゃがみ込んでいる。
何をしているのかと思って見ると、二人の子供と一緒になって、三人で砂のトンネルをつくって遊んでいるようだった。
その姿に、あ然としてしまう。
日崎が楽しそうに笑っていた。
何でもない、どこにでもいそうな普通の女の子に見える。
そばにいるのは十歳くらいの男の子と女の子で、兄妹なのか、おそろいのスイムキャップをかぶっていた。
三人はずっと和気あいあいとした雰囲気で、楽しそうに、真剣にトンネルをつくっていく。
きっと邪魔になる。日崎が暇そうにするまで待っていよう、そう決めて、少し離れたところの階段に腰を下ろす。
日崎はたまにカメラを構えて二人の写真を撮っているらしかったけど、兄妹はもう何枚も写真を撮られて飽きてしまったのか、いちいちポーズを決めることもなく、一度、男の子から、写真はいいからトンネルつくって、と叱られるような場面もあった。だけど、そんなふうに言われても日崎は、ごめんごめん、と嬉しそうに笑っているだけだった。
ちょっと信じられないような光景だ。
それからしばらくして、兄妹の両親らしい男女が近づいてきて日崎に頭を下げた。
日崎は立ち上がって丁寧なお辞儀を返す。
両親に手を引かれて兄妹が帰っていく。
別れ際、兄妹は日崎に向かって手を振っていた。日崎もまた、笑顔で手を振り返す。
一人になってからも、日崎はまたトンネルにカメラを向けていた。
なかなか納得のいく写真が撮れないのか、立ったりしゃがんだり、トンネルの周りをぐるぐる歩いたり、時間をかけて何度も撮り直す。
日崎が立ち上がってトンネルを離れる。
視線を感じ取ったのか、こっちに気づいてうっとうしそうな顔で近づいてくる。
「何してんの?」
ぶっきらぼうに言った日崎は、どこまでもいつもどおりだった。
そっくりさんだとか、双子だとか、大怪盗の完璧な変装だとか、そんなのじゃない。
俺の家の隣に住んでいて、土谷を泣かせた、あの日崎だ。
「なぁ。お前ってさ……」
「何?」
かわいいときもあんのな。
言いかけたけど、口にはしない。
「やっぱ言ったらキレられそうだしやめとく」
「はあ?」
「もう五時だけど、いつ帰るんだよ。家まで二時間くらいは見とかないとだめだろ」
「それが?」
「そろそろ帰ろうぜ」
「別々に帰ってもいいと思うけど?」
「またひったくりが出たら、今度は誰にカメラ取り返してもらうんだよ」
「一日に二回もひったくりにあうわけないでしょ」
「でも宝くじって、どっかに当たる人がいるんだぜ」
「ひったくりが当たりくじなわけ?」
「万が一があるって話だよ」
日崎が下唇をかんでにらみ下ろしてくる。まばたきなしで五秒くらいそうしてから、負けを認めるみたいに小さくため息をつく。
「あんたさ。その水着、買ったの?」
「水着? あ、これ? トランクスだよ」
「はあっ? 何考えてんの? ありえないんだけど」
日崎が急に顔を背ける。
「夏に海来て泳がないほうがありえねぇだろ」
「恥ずかしいとか思わないわけ?」
「何で? 見た目海パンと変わんねぇだろ」
「あきれた……。帰りどうすんの?」
「ノーパンしかしゃーねぇだろ」
「最っ低……」
「悪かったな。いいだろ。俺のことなんだから」
「もうわかったから。さっさと着替えてきてよ」
「お前。絶対このへんにいろよ。先に帰んのなしだからな」
日崎は、早くあっちにいけ、と言うみたいにして嫌そうに手を払う。
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