第28話 野蛮人

 歩き始めて五分。

 日崎は首からカメラを提げていて、道すがら、町並みだったり、何かの石碑だったり、猫だったり、気になるものがあるとカメラを構えてシャッターを切っていた。

 日崎が立ち止まるたびに、写真を撮り終えるまで待って、向こうが歩き出したらこっちも前を向く、というような感じだった。

 お互いに何もしゃべらない。

 バレないように、こっそりため息をつく。


 海で一緒にトンネルをつくっていた兄妹とは知り合いだったのか、初対面だったなら何て声をかけて仲良くなったのか。

 誰にだって礼儀正しくできるなら、土谷とか先生とか俺の前ではそうしないのはなぜなのか。どうしてまともにしゃべろうともしてくれないのか。

 あんなふうに楽しそうに笑えるなら、どうして普段からもうちょっと愛想よくできないのか。

 聞きたいことは山ほどあったけど、何も言わなかった。

 たぶん、言ったところで日崎は何も答えてくれやしない。それに何より、そんな話、嫌がるに決まってる。


 日崎は変なやつなんだ。非常識で、偏屈で、普通じゃないんだ。そう思っていたのに。

 あの楽しそうな顔のせいで……。

 あー、くそ。息が詰まる。

 日崎の相手をするの、ちょっとは慣れてきたかなって思ってたんだけどな……。


「ねぇ」


 後ろから日崎が声をかけてくる。


「どんなお店なの? これから行くとこ」


 少しためらってから、立ち止まって振り返る。


「さぁ。聞いてない。でも、うまい料理出してくれるって話だったけど」


 そう言いながら前を向いて歩き出す。あんまり日崎と目を合わせないように、スマホの地図を必要以上に確認しながら進む。


「ふうん。そんなすごいお店がある感じ、全然しないけど」


 今、歩いている道は、どうにか車がすれ違えるくらいの狭い道で、ガードレールもないし、ときどき電柱が歩道を塞いでいるせいで、車が近づいてくると、道のはしに寄ってやりすごさないとひかれてしまいそうでちょっと怖い。めったに車は通らないから、そんなに気にするようなことでもないけど。


「隠れた名店ってやつなんじゃねぇの?」

「店の名前は?」

「地図には書いてない」

「はぁ? 書いてないわけないでしょ」

「マジだって。じゃあお前も見てみろよ」


 そう言ってスマホを渡そうとしてから、やっちまったー、と後悔する。とにかく今は日崎から離れていたい気分なのに。


「いい。下着もはかないような野蛮人に近寄りたくないから」

「へいへい」


 あっぶねー。ギリセーフ。つーか、ずっとそういう感じでいてくれるんだったらやりやすいのに。

 地図と辺りの景色を見比べる。


「もう結構近くまで来てるはずだぜ。美容室の隣らしいんだけど……」

「あっ! あれ。サインポール」


 日崎が指差した先には、赤、青、白の三色の棒がぐるぐる回転していた。


「おー。ほんとだ。あれの隣か」


 美容室を通り過ぎて、その隣に立つ建物を見上げる。

 広い庭があって、奥には二階建ての木造家屋が見えていた。立派だけど、日本中どこにでもありそうな普通の家って感じだ。

 ただ、頭上には看板があって、そこには大きく、民宿さいき、と書かれてあった。

 え? み、民宿?

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