第74話 二人きり
生徒会室で二人きり、土谷さんが泣き止んでくれるのをじっと待つ。
土谷さんはハンカチでしきりに目もとを拭っていたけど、時間が経ってだいぶ落ち着いてきたようで、今はもう、少し呼吸に乱れがあるくらいだ。
うつむいたまま、テーブル越しにそーっと様子をうかがう。
「日崎さん……」
「はいっ。な、何?」
「私、ちょっとしゃべってもいい?」
「うん……。どうぞ」
土谷さんはたまに鼻水をすすって、まだ少し泣きながら鼻声でしゃべりだす。
「私ね、ちっちゃい頃から病気がちで、おっきな手術とかも、二回くらいしてて……。あ、今はね、全然平気で、何ともないんだけど……。それでも、お医者さんからは、激しいスポーツとかはしちゃダメって言われてて、そんなだから、小学校とか、あんまり行けてなくって……。たまに退院させてもらえることはあったんだけど、ひと月もしないうちに、また入院って言われたりして。だからね、学校に行けたのはホントにときどき」
私の反応を気にしてか、土谷さんが恥ずかしそうにこっちを見る。
ちゃんと聞いてるよ、と声を出すかわりに頷くと、うん、と土谷さんも頷いてくれた。
「でね、卒業式は何とか出られたんだけど……、ほら、みんなで声を合わせて思い出を言っていくやつ、あるでしょ? 楽しかった! 運動会! みたいなやつ。でも私は、運動会も、学芸会も修学旅行も、何にもしたことなくて、友達は何人かいたんだけど、そんなに仲良しって感じでもなくて。学校での思い出なんて、ほとんどなくって……。だけど周りにね、卒業するの寂しいって泣いてる子たちがいて、私、とてもそんなふうには思えなかったから、その子たちのこと、いいなあって、思って見てて……。私も本当は、病気じゃなかったらって……。すごく悔しくって……。中学生になってからもね、やっぱりほとんど入院続きで、本当に体調がよくなってきたのって、中学三年の冬くらいで、そのあたりからは、毎日学校に行けるようになってたんだけど、みんな受験勉強で忙しそうにしてて、遊びに行こう、とか言える雰囲気じゃなくて。結局、中学校の卒業式も、何かちょっと微妙で、寂しいなって気持ちはあったんだけど、それよりも、もっとみんなと仲良くなりたかったなぁって、残念な気持ちのほうがおっきくて、やっぱりちょっと物足りなくて……。だからね、高校の卒業式は絶対大泣きしてやるんだって思ってて、それが目標っていうか、夢なの。そんなだからさ、日崎さんが病気で大変だって話聞いたとき、とても他人事には思えなくって。私がなんとかしてあげなきゃって。私だったら、きっと日崎さんのことわかってあげられるって……。今思うと、ほんと、とんだ思い上がりだったんだけど……。あの日ね、日崎さんに怒られちゃったあと、豊橋先生にね、ちょっとだけ日崎さんのこと教えてもらえたの。それで、あー、私、本当に余計なことしちゃったんだって思って……。私もう、日崎さんに二度と口もきいてもらえないかもって……。私、本当は自分のことばっかりで、こうしたら日崎さんに喜んでもらえるって、友達になってもらえるって、一人で勝手に舞い上がって……。日崎さんのこと、ちっとも考えてあげられなくて……。だからね、日崎さんが謝ることなんてないよ。私のほうこそ、ごめんなさい……」
土谷さんは丁寧に頭を下げてくれる。
そういうことだったんだ……。
だから土谷さんは私に学校に来てほしかったんだ……。
私のこと、昔の自分と重ねて見てたから……。
それであんなに必死になって、私のこと心配してくれてたんだ……。
それなのに、私は……。何か裏があるはずだって、きっと先生に命令されてやってるんだって決めつけて、話を聞きもしないで、土谷さんの優しさを疑って……。最低だ……。
「ううん……。全然だよ……。全部私が悪いんだよ。先生に甘えて、嘘までついてもらってたんだから……」
「えへへっ……。じゃあ、仲直りの握手、してもらえますか?」
土谷さんは椅子から立ち上がると、そっと歩み寄ってくれる。
誰が断るもんか。
「うん!」
差し出してもらえた小さな手を握る。
土谷さんがにっと笑う。
ほっぺも目も鼻も真っ赤になっていたけど、天使みたいな、かわいい笑顔で。
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