辛辣な妹から距離を置きつつ、甘えさせてくれる姉に全力で甘えたらどうなるか検証してみた。

式崎識也

1章 皆んなの楽しい日常です!

お姉ちゃんの秘策です!



「最近、妹が辛辣なんだよ」


 姉である笹谷ささたに 朝音あさねに、そう愚痴をこぼしてみる。


「あの子もそういう年頃だからねー。仕方ないんじゃないの? ……それとも、昔みたいに甘えて欲しいの?」


 姉さんは俺の言葉を聞いているのかいないのか、ゲームの片手間に言葉を返す。


「……別に甘えて欲しいとか、そういう訳じゃないんだけど……。あの、汚物を見るような目と、心を抉る悪口は勘弁して欲しい」


「そんなの可愛いもんだと思うけどね。……まあでも、どうしてもと言うのであれば、お姉ちゃんには秘策があるけど、聞く?」


「なんだよ、秘策って。……まあ、一応聞いとくけどさ」


「あー、でもなー。肩が凝って上手く口が回らないぞー。それに何だか、喉も渇いたなー。甘いオレンジジュースを飲まないと、ちゃんと話せる気がしないなー」


「……分かったよ。ジュースは持ってくるし、肩も揉んでやるから。……ったく、姉さんは相変わらずでよかったよ」


 そう愚痴をこぼして、ジュースを入れに階段を降りる。……と、そこで偶然、風呂上がりの妹と遭遇してしまう。


「よう、摩夜まや。風呂、今上がったのか?」


 妹、摩夜にそう声をかけてみる。


「そんなの、見れば分かるでしょ?」


「まあ、それはそうだけど……」


「つーか、ジロジロ見ないでよ、気持ち悪い」


「いや、気持ち悪いって、そりゃないだろ?」


「……私、風呂上がりで喉乾いてるから、そこどいて」


 妹は無理やり俺を押しのけて、オレンジジュースを片手に部屋へと戻ってしまう。


「……やっぱ辛辣だよな。…………つーか、オレンジジュースがもうない。仕方ない。グレープでいいか。所詮どっちも無果汁だ」


 軽くため息を吐いて、グレープジュースをコップに入れて、姉さんの部屋に戻る。


「うむ。ご苦労。……って、あれ? それグレープじゃん。私、オレンジの気分なんだけど〜」


「オレンジは品切れなんだよ。我慢してくれ」


「え〜。一本余ってたと思うんですけどー」


「摩夜に先を越された。まあ、早い者勝ちだから諦めてくれ」


 ぶつぶつと文句をこぼす姉さんの前にジュースを置いて、俺はベッドに腰掛ける。


真昼まひるは摩夜ちゃんに甘いよねー。お姉ちゃんにも、もっと優しくしてくれてもいいと思うんですけどー」


「十分優しくしてるよ。……ほら、こっち来いよ。肩揉んでやるから」


「あ、わーい!」


 ジュースを一気に飲み干した姉さんの肩を揉みながら、本題を口にする。


「んで? 姉さん。秘策ってなんなの?」


「なにが? エッチなやつ?」


「なに意味不明なこと言ってんだよ。辛辣な妹の態度を軟化させる為の秘策だよ。さっきあるって言ってたろ?」


「…………あー、アレね。あの凄いやつね。……聞いたらもう後戻りできないけど、聞く?」


「いいから話せって」


 そう突っ込みながら、少し強めに肩を握る。


「あいたっ。痛い痛い。……分かったよ。話したげるから、ちょっと力弱めて」


「頼むぜ? 本当に」


「うむ。任せたまえ。秘中の秘。秘策中の秘策を教えてしんぜよう」


「…………」


 大仰に頷く姉さんを胡散臭く思いながら、黙って言葉の続きを待つ。


「題して、押してダメなら引いてみろ大作戦〜」


「…………」


「題して、押してダメなら引いてみろ大作戦〜」


「いや、二回も言うなよ」


「黙ってたから、聞こえてないのかと思って」


「んな訳ないだろ……。まあいいや。それで? 作戦の内容は?」


 何だか気の抜ける作戦名ではあるけど、とりあえず内容を聞いてみることにする。


「そのまんまだよ。真昼はさ、摩夜ちゃんに構い過ぎなんだよ。今はもっと、距離を置くべきだと思うよ?」


「……そんな構ってるつもりは、無いんだけどな……」


「それでもなんだよ。真昼にだって、1人になりたい時はあるでしょ? 今のあの子は、年中そういう気分なんだよ。真昼にだって反抗期くらい……って、そういや真昼には無かったね、反抗期。ずっと可愛い弟のままでした」


「……うるさいなー。自分だって無かった癖に」


 俺は今年で高校2年になるし、姉さんは大学2年。そして妹は中学2年生。俺も姉さんも、その辺の年頃にありがちな反抗期が無かったから、イマイチ今の妹の気持ちが分からない。


「まあとりあえず、一歩距離を……いや、五歩くらい距離をあけるべきだと思うよ。あの子はいろいろと敏感な年頃だから、絡まれるのは嫌なんだよ。……特に男の子には」


「そういうもんかね」


「そういうもんだよ」


「…………」


 確かにそう言われると、そうかもしれない。誰にだって、1人になりたい時はある。俺にだってある。そういう時に、どうでもいい事を話しかけられると、イライラするのも確かだ。いつも適当な姉さんだけど、この作戦は理にかなっているのかもしれない。


「納得してくれた?」


「うん。ま、姉さんの言う通りかもな。ちょっと俺が構い過ぎてたのかも。これからはちょっと、距離を置いてみるよ」


「そうそう、そうしなよ。それでその分、お姉ちゃんに存分に甘えなさい」


「なんでだよ。姉さんは関係ないだろ?」


「バカだなー、真昼は。自分には素っ気ない態度をとってくるのに、お姉ちゃんには優しい。そういう態度の落差から、摩夜ちゃんも自分の落ち度を学ぶんだよ。……だからさ、明日一緒に買い物でも行かない? ちょうど欲しい服があるんだー」


「……姉さんは、荷物持ちが欲しいだけだろ? ……まあいいよ。言ってる事は一理あると思うし、明日は暇だから買い物くらい付き合ってやるよ」


「わーい。やったー!」


 こうして俺は、軽々しく姉さんの策に乗ってしまった。この作戦のせいでこの後とんでもないことになってしまうのだが、この時の俺はまだそれに気づきもしない。


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