これからが楽しみです。
「ふふっ……」
桃花はニヤリと笑みを浮かべて、先ほどの2人の表情を思い出す。2人は本当に、いい表情を浮かべてくれた。あの朝音が、自分に怯えるような視線を向けた。
そして何より、あの真昼の困ったような顔。それを思い出すと、桃花はどうしても笑みを抑えきれなくなる。
「くふっ。思ったよりずっと上手くいきそうだよ、真昼。この調子ならすぐにでも君を……」
「何を1人で笑ってるんスか。……気持ち悪い」
と。そこで、まるで桃花の喜びに水を差すように、そんな声が響く。
「おや、三月くんと……摩夜くんじゃないか。こんな所で、どうしたんだい? 休日に2人仲良く買い物……ってわけでも無いんだろ?」
「…………」
桃花のその言葉に、
「ちょっと、話があるんス。どうせ暇だろうから、付き合ってもらってもいいっスよね?」
「おやおや、それはちょっと酷い言い草だね。こう見えてもボクは、色々と忙しい身なんだけどね」
「忙しい人は、休日にお兄さんの後をつけたりしないっス」
「……それは君たちだって、同じだろ?」
「…………」
「…………」
2人はただ、睨み合う。心底から軽蔑するように、とても冷たい瞳で2人は静かに睨み合う。
永遠に続きそうなほど、重い沈黙。
しかしそれを、摩夜は簡単に打ち破る。
「いつまでやってるつもりよ。貴女たちのつまらない言い合いなんて、心の底から興味が無いの。だから早くついて来て。話しておきたいことがあるの」
摩夜はそう言い捨てて、早足に近場のカフェに足を向ける。
「……摩夜くんは強引だね。……まあいいさ。ボクも2人には、話しておきたいことがあるからね。だから少しくらい、付き合ってあげるよ」
「なら余計なことは言わずに、さっさとついてこればいいんス」
「余計なことを言うのは、お互い様だろ? ……いや、そんなことを言っても仕方がないね。それより摩夜くんをあまり待たせると、1人で帰ってしまうかもしれない。だからボクらも、早く行こうか?」
「……そうっスね」
そうして、2人も歩き出す。
重い雲が空に広がり、ポツポツと雨が降り出す。しかし3人の少女はそんなこと気にも留めず、ただ静かに口元を歪めた。
◇
そしてカフェに入った3人は、淡々と注文を済ませて、ゆっくりと会話を始める。
「……それで、会長さん。貴女はさっきまでお兄ちゃんと話をしてたみたいだけど、一体……何の話をしてたの?」
まず初めに、摩夜がそう口を開く。
「ただの世間話……なんて、冗談だよ。君は本当に怖い瞳をしてるね、摩夜くん。まるで……いや、よしておこう。それより、何を話していたかだよね。……ボクは少し、朝音さんの記憶のことで気になることがあったから、それを2人に教えてあげたんだよ」
「……記憶?」
「そう、朝音さんは記憶喪失になった。しかしそれは、本当に偶然だったのかな? もしかして朝音さんは、自分の意思で記憶を無くしたんじゃないのかな? そういう話を2人にしたんだよ」
「貴女は、お姉さんが自分の意思で記憶喪失になったって、そう言うんスか? ……あり得ないっス。そんなこと……」
三月はどこか呆れるように、桃花を見る。しかし桃花は気にした風も無く、淡々と言葉を続ける。
「おや? 君だって分かってる筈だろ? 朝音さんがどれだけ、怖い人間か……」
「…………」
三月は朝音のあの狂った笑みを思い出して、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。それに反して桃花は、ただ楽しそうに笑う。
「ボクは昔、訊いてみたことがあるんだ。どうすれば朝音さんみたいに、強い人になれるんですか? って」
「……あの人は、何て答えたんスか?」
「『人間の脳みそなんて、外界の刺激に反射を返すだけのもの。AボタンでジャンプしてBボタンでダッシュするゲームと、本質は何も変わらない。だから、受け取る刺激さえ上手にコントロールしたら、人格を変えるのなんて簡単なことだよ?』……人間の言葉じゃ無いよね? 朝音さんにとっては、人格も記憶も何の意味も無いものなんだ。彼女にとって真昼以外は、全部どうだっていいもの。そんな朝音さんなら、真昼の為に記憶を捨ててもおかしくは無い。ボクはそう思ってる」
「……やっぱりあの人は、化け物っス」
桃花と三月は、同じように重いため息をこぼす。
「どうでもいいよ、姉さんのことなんて。それより、貴女……会長さんは、一体何がしたいの? 今のお兄ちゃんに姉さんを傷つけるようなことを言っても、お兄ちゃんはもっと……姉さんに囚われるだけ。それくらい、分かってるでしょ?」
2人の会話に、摩夜は冷たい声でそう口を挟む。
「くふっ、だろうね。今の朝音さんは大した脅威じゃない。ボクの言葉で簡単に揺らぐ、ただのか弱い女の子だ。でもだからこそ、真昼は彼女の側を離れないだろう。朝音さんが弱れば弱るほど、真昼は朝音さんに心酔していく」
「じゃあ何で、そんなことを言ったんスか?」
「2人にはもっと、仲良くなって欲しいから……って、そう睨まないでくれよ。ボクだって別に、2人を応援したい訳じゃない。今の状況は、朝音さんにとって本当に都合のいいものだ。……でもね? ボクは寧ろ、チャンスだと思ってる。今の朝音さんは、記憶を失くす前とは比べるまでも無いくらい、弱い人間だ。だから今の彼女からなら、真昼を奪える。ボクはそう思ってるんだよ」
「……つまり貴女は、お兄ちゃんと今の姉さんを仲良くさせることで、2人が無理に記憶を取り戻そうとしないように仕向けたってこと?」
摩夜の問いかけに、桃花はニヤリとした笑みで頷きを返す。
「死ぬほど性格が悪いっスね……。でも、ふふっ……ちょうどいいっス。貴女の行動は、あたしの作戦の前準備としては悪くないものっス」
「……作戦? 君もどうやら、色々と考えているみたいだね。……ふふっ、何かボクに協力して欲しいことがあるんだろ? ……構わないよ。朝音さんから真昼を取り戻すまでは、君たちと手を組むのも悪くはないだろう……」
「……そう言ってくれると思ったっスよ。お姉さんからお兄さんを取り戻すまでは、皆んなで仲良く協力するっス。そうじゃないと、あたしの作戦は成功しないっスから」
3人は冷めた瞳で、ただ口元だけを歪める。とても冷たい空気。誰もが自分のことしか考えていない、氷の世界。
そんな中で、まるで身を刺す冷たい風のように、三月は自分の考えた策を口にする。
「皆んなで、お兄さんに辛辣な態度をとるっス。押してダメなら引いてみろ。……とてもとても簡単な作戦っスよ……」
3人の少女は、いつかの真昼が摩夜にしたのと同じような、有り触れた作戦を開始する。
そうして、波乱の日常が幕を開けた。
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