何度でも伝えます。



 伝えていなかった事がある。はっきりと目を見て、正面から伝えなければならなかったのに……



 俺は、逃げていた。



 俺は向き合うことから、逃げていた。



「…………」



 皆んなで仲良くするのは、もう無理だろう。無理やり嫌われて距離を取るのも、きっと無理だ。



 彼女たちの愛はとても深くて、でも俺だって負けないくらい姉さんが好きだ。



 だから俺たちはきっと、分かり合えない。



 でも、だからこそ俺は、彼女たちに伝えなければならない。……きっと、今更それを伝えたところで、何も変わらない。



 でも俺は、



 だからこそ俺は、



 口を開いた。



「──みんな聞いてくれ」



 そんな俺の声を聞いて、皆んなの視線が俺に集まる。狂気と悲しみに染まった瞳が、ただ俺だけを見つめる。


「…………」


「…………」


「…………」


 俺はそんな皆んなの瞳を正面から真っ直ぐに見つめて、そしてゆっくりと自分の想いを言葉に変える。


「摩夜、天川さん、桃花。少しでいいから、聞いてくれ。伝えなきゃならないことが、あるんだ。本当は、一番初めに正面から伝えるべきだった。なのに俺は臆病だから……逃げてしまった。……ごめん」


 手紙を、書いた。こんな俺を好きになってくれたことが嬉しかったから、俺は3人にも手紙を書いた。彼女たちの気持ちに応える訳でもないのに、俺は3人ができるだけ傷つかないようにと、手紙を書いた。



 ……でも思えば、それは間違いだったのだろう。



 俺が傷つきたく無いからって、皆んなに期待を持たせるようなことをしてしまった。だから、こんなことになってしまった。



 ……本当は、そこで傷つかなければならなかった。俺がそこでしっかりと言葉にしなかったから、3人は僅かな可能性に縋ってしまった。



 だから今、その時の清算をしなければならない。



 もう遅いんだとしても、それでも俺は伝えなければならない。目を見て、真っ直ぐに、言葉を飾らず、自分の気持ちを伝えなきゃならない。




 ──だから俺は、言った。




「俺は、姉さんが好きだ。だから3人とは付き合えない。ごめん」




 それは3人からしてみれば、今更の言葉だろう。でも、だからこそ、この言葉はここで伝えないといけない。



 誰かと分かり合いたいと思うのなら、まずはこちらが偽らない正直な想いを伝えるべきだ。例えその想いを理解してもらえないんだとしても、そうしなければ何も始まらない。



 だから俺は、何度でも──



「お兄ちゃん! もう辞めてよ! お兄ちゃん……!」



 ふとそんな声が響いて、摩夜が涙を流しながら俺に抱きついてくる。



「なんでそんなこと言うの? ……もう分かってるから、言わないでよ……! お兄ちゃんの口から、そんな言葉……聞きたくない! お兄ちゃんは、だって……ずっと私の手を引いてくれないとダメなのに……。嫌だ! 嫌だ! 嫌だ……!」


 摩夜はまるで駄々をこねる子供のように、泣き叫びながら強く強く俺を抱きしめる。


「……摩夜……」


 狂気に身をまかせることで逃げ続けてきた摩夜の心は、本当は子供みたいに弱々しくて……でもだからって、優しくするわけにはいかない。そんな俺の弱さが、摩夜をここまで追い込んでしまったのだから。


「……そうっスよ、お兄さん。今更、そんな……そんな真っ直ぐな目であたしたちを振ったとしても、意味なんて無いっス。あたしにとってお兄さんは……神さまなんス。だからお兄さんは、あたし以外の誰かのものになんてなっちゃ……いけないんス……!」


 天川さんはとても虚ろな目で、俺を見る。思えば彼女も、とても弱い女の子だった。でも弱いからって優しくするんじゃなくて、彼女が俺に依存しなくてもちゃんと生きていけるよう、支えてやるべきだった。


「………………真昼。今の君は……なんだか、昔に戻ったみたいだ。初めてボクに声をかけてくれた、あの時の君みたいで……なんだろう? とても胸が、ドキドキする。くふっ。やっぱり君が何を言っても、ボクは君を諦められないみたいだ……」


 桃花は、笑う。裂けるように、ただ唇を歪める。……桃花は本来、とても常識のある人だった。偶に変な行動もしていたけど、でも彼女はいつも優しかった。その桃花の本質は、きっと何も変わっていない筈なんだ。




 だから俺がしなければならないことは、仲良くすることでも嫌われることでもなくて……




 向き合うことなんだ。




 そんなことは分かっていた筈なのに……いや結局は、分かって無かったのだろう。



「…………」


 3人の悲しむ表情を見ていると、胸が張り裂けそうなほど痛む。俺は結局、皆んなのこんな表情を見たくなかったから、逃げていただけなんだ。


「お兄ちゃん! だから……だからね? 私を……抱いてよ……! それで……それだけで、我慢するから! 今日だけは、愛してるって言って私に優しくしてよ……! 私……頑張るから! 絶対に姉さんより、お兄ちゃんを気持ちよくしてみせる……! だから……そんな目をしないで! そんな……もう終わりみたいな、透き通った目で私を見ないで……! 嫌だ! 嫌だ! お兄ちゃんが居なくなっちゃ、やだ……!」


 摩夜はまるで堰を切ったように、涙を流して俺を抱きしめる。


「そうっス! そうっスよ……! 逃げたって、あたしたちを嫌ったって無駄なんス。だってあたしは、もう決めてるんスもん。この一生で、お兄さんしか好きにならないって……。だから、だから、だから……あたしを、見捨てないで……。そんな、覚悟を決めたような目をされても、あたしは……離したりしないっス……!」


 天川さんも、決して離さないと言うように、強く強く俺を抱きしめる。


「真昼……。今更君が何をしたって、無駄なんだ。ボクは……ボクらは他にも、色んな策を用意している……。だから、無駄だよ? もう何をしたって、君はボクから逃げられない。だから大人しく、ボクを抱いてくれよ。仮初めでもいい、それを絶対に本物にしてみせるから、だからボクに……君の温かさを分けてくれ……。そうじゃないとボクは……寒くて寒くて、凍えてしまう……」


 桃花は何かを耐えるように強く歯を噛み締めて、縋るように俺を抱きしめる。



「…………」



 こんな彼女たちを見ていると、思わず優しくしてしまいたくなる。……でも、それじゃダメだ。気持ちに応えられないのなら、俺は何度でも伝えなければならない。



「ごめん。それでも俺は、抱いたりできない。……いや、そんな風に抱いたって、きっと3人も納得できない筈だ。だからそうじゃなくて……盗聴とか、監禁とか、殺すとか、そんな後ろ向きな事じゃなくて、もっと正面から……話し合わないか?」


 結局はそれしか、方法は無い。ならそれがどれだけ辛くても、やるしかないんだ。


「いくら時間がかかってもいい。何年でも何十年でも、皆んなが納得できるまで付き合うからさ。だから……もう辞めようぜ? こんな風に、皆んなで傷つけあうのは……」


 きっとこんな言葉では、納得してくれないだろう。でも俺には、今の俺にはこれくらいしか言ってやれない。



 付き合うことはできない。だから優しくは、できない。でも見捨てることもできない。それでは何も、解決しないから。



 なら、どうすればいい?



 ……向き合うしか無い。俺の想いを、何度だって伝えてやる。彼女達の想いを、何度だって聞いてやる。



 そうやって時間をかけて、ゆっくりと解きほぐしていくしか、きっと方法は無いんだ。



「……ふふっ、真昼くんは優しいね。私は……構わないよ。他の女がいくら寄ってきても、真昼くんは私が好きだって知ってるから。……だから、貴女たちももう辞めたら? 貴女たちのやり方じゃ、真昼くんを……傷つけるだけだよ?」



 俺と姉さんの声を聞いて、3人は黙り込む。黙り込んで、そして──。




 ざーざーと、波の音が聴こえる。だからまだ、楽しい旅行は終わらない……。


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