楽しいデートの幕開けです!
駅前で、デートの待ち合わせをしていた。
「…………」
スマホで時間を確認してから、周りに視線を向けてみる。休日の駅前は人で溢れていて、俺みたいにデートの待ち合わせをしているであろう人間も、少なくない。……しかし、実の姉とデートの待ち合わせをしている奴は、きっと俺以外いないだろう。
「……デート、か」
会長に言われてから、どう姉さんに甘えるか考えてみた。……前みたいに過度なスキンシップをすると、いらぬ誤解を振りまくことになる。しかし抱きしめたりできないのなら、いったい俺に何ができるのだろう? そう考えて、俺は姉さんをデートに誘うことにした。
ただ、一緒に出かけないか? と言うのではなく、姉さんと一緒にデートがしたいと俺は言った。そしてそれを聞いた姉さんは、心の底から嬉しそうな表情で言った。
『やった! やった! やったっ! 真昼がそんな風に言ってくれるなんて、お姉ちゃん嬉しい!』
姉さんのリアクションは想像以上だったけど、喜んでくれたのなら間違いでは無いのだろう。
そして、時は流れて日曜日。長い準備している姉さんを置いて、俺は先に家を出た。何となく、待ち合わせをする方がデートぽいから、という理由だ。……因みに、摩夜は俺が家を出る前には、もうどこかへと出かけていた。どこに行くかは聞いていないけど、きっと友達とどこかへ出かけたのだろう。……もしかしたら、デートかもしれない。
「……まあいい、か。今日は姉さんのことを、一番に考えないといけないしな……」
姉さんと一緒に出かけるのなんて、そう珍しくもない。けれど、こういう風にデートするのは……。
「って、正確にはこれ、デートでもないんだよなぁ」
先程からデート、デートと連発しているが、俺と姉さんのこれはデートでは無い。……いや、より正確に言うなら、ただのデートでは無いのだ。
昔、俺と姉さんで考案した、『デートごっこ』というものがある。ただ姉弟で普通に買い物してもつまらない。もっとドキドキするような刺激が欲しい。そんな姉さんの提案から、『デートごっこ』は産まれた。
『デートごっこ』とは単純に、お互いに別の誰かを演じて、1日を過ごすというものだ。
具体的には、出かける前日に相手の設定を書いた紙を交換して、デート中はその設定通りに行動する。例えば、姉さんが俺に王子様と書いた紙を渡したのなら、俺は今日一日、王子様のように振る舞わなくてはいけない。逆に姉さんも、俺が女王様と書いたのなら、その設定通りに行動しなくてはならない。
これはやってみると意外と楽しいんだけど、とある事件が起きてから、我が家では禁止になってしまっていた。しかし今回、もう時効だろうという姉さんの言葉で、久しぶりに解禁されることになった。
「…………」
姉さんが昨日、俺に渡した紙をポケットから取り出してみる。そこには、『私のことがちょっと気になる、クラスの同級生』と、書かれている。つまり俺は今日一日、姉さんのことがちょっと気になるクラスの同級生を、演じなければならない。
ここで俺が姉さんに渡した設定が、異国の女王様とかだったら、設定に矛盾が生じてしまうのだけど、今回はそういうことにはならなかった。だから俺は、姉さんをクラスの同級生だと思い、存分に甘えてみようと思う。
……クラスの同級生に甘えるって、どうなんだ? とも思うけど、そこはそういうものだと割り切るしかない。
「……にしても、遅いな」
もう一度、スマホで時間を確認してみる。……約束の時間を、もう30分も過ぎていた。姉さんに限って約束をすっぽかすなんてことは無いだろうけど、それでも一応、連絡でもしてみようか。
そんなことを考えた直後、ふと声をかけられる。
「ごめんね、遅れちゃって。ちょっと準備に手間取っちゃって……」
そう言って、その女の子は申し訳なさそうに頭を下げる。
「…………姉さん。だよな?」
綺麗な黒髪に、どこか真面目な印象を受ける黒縁メガネをかけている。それに表情もいつも姉さんとかけ離れていて、一瞬、誰だか分からなかった。
「違うよ。私は、あまね。真昼くんの同級生じゃない。……もしかして、忘れちゃった?」
俺の動揺を見透かしたように、その女の子は優しい表情で笑う。
「……ああ、そうだな。ごめん、ちょっと……勘違いしちゃったよ」
どうやら姉さんはもう、俺の書いた設定になりきっているようだ。普段とは雰囲気……どころか髪の色まで違って驚いてしまったけど、姉さんならウイッグとかを被って来てもおかしくは無い。だから俺は、軽く息を吐いて意識を切り替える。
「ふふっ、いいよ。……じゃあ行こっか。今日は真昼くんが、デートプラン考えてくれてるんでしょ? 私、楽しみにしてるから」
「……あまねのお眼鏡に適うかは分からないけど、精一杯、頑張らせてもらうよ」
そう言って俺は、姉さん……いや、あまねの手を握る。
「………………いきなり手を握るなんて、真昼くんは肉食系だなぁ。ちょっとびっくりしちゃったよ」
「嫌か?」
「ううん、嬉しい。真昼くんの手、温かくて気持ちいいもん……」
「……それは良かったよ。じゃあ、行くか?」
「うん!」
そうして、俺たちの楽しいデートが始まった。
◇
「でさー、摩夜。昨日の映画、見たっスか? あの主人公がゾンビに噛まれて世界征服をする、あれっスよ! やばかったっスよね〜。特に最後、ヒロインの女の子が急に異世界から魔物を召喚するシーンが……って、摩夜? 聞いてるっスか?」
「…………」
摩夜は三月の声が聞こえていないのか、コーヒーカップを持ったまま時が止まったかのように、窓の外を眺めている。
「摩夜? 何かあったんスか? ……ってあれ、お兄さんじゃないっスか! あんな所で何してるんスかね? ……誰かと、待ち合わせっスかね?」
摩夜の視線の先を見て、三月は興味深そうに目を見開く。
「…………どうせ、姉さんよ。あいつ、人当たりはいいけど、ちょっと何考えてるか分からないことが多いから、友達少ないのよ」
「へ〜、それはちょっと意外っスね。お兄さんのことだから、学校でもどこでも人気者なんだって思ってたっス」
「あの人は、人の気持ちが分からないのよ。だから誰にだって優しくするし、誰にだって……」
摩夜はそこで黙り込む。あの朝のことを、思い出してしまったから。あの時の自分はおかしかった。心の中がぐちゃぐちゃで、気がついたら兄の部屋にいて、そして気がついたら……。
だから摩夜は、あれは夢だと言った。そうしなければ、まともに兄と顔を合わせることもできないと思ったから。
「あ、お兄さんの待ち合わせの相手が来たみたいっスよ? やっぱり…………って、は? ……あれ、誰っスか?」
三月は驚きに、目を見開く。摩夜はそんな友人の姿を訝しげに思いながら、三月の視線の先に目を向ける。
「…………え? あれ、だれ?……姉さんじゃ、ない……?」
兄に駆け寄るのは、黒髪で眼鏡をかけた見たことも無い女性だった。カフェの中からだとよく見えないが、少なくとも2人には、その女性が
「……だれっスかね、あの女……の人。なんだか凄く、お兄さんと親しげっスけど……」
「……………………」
摩夜は瞳孔の開いた目で、2人の姿を眺める。楽しそうに、仲睦まじく、まるで恋人みたいに手を繋いで、ゆっくりと歩いて行った2人の姿を、摩夜はただ眺める。
「ねえ、摩夜。あとを追うっスよ!」
「……どうして?」
「あんな何処の馬の骨ともしれない女に、お兄さんを取られてもいいんスか?」
「………………でも……」
摩夜はぎゅっと手を握り込んで、ためらうように机を睨みつける。……あの時と同じように、摩夜の心臓がドキドキと跳ね上がる。そしてまた胸が、ずきりと痛む。
「でも……じゃないっス! いいから、行くっスよ!」
「……あ……」
三月はそんな摩夜の様子を焦ったく思い、その手をとって歩き出す。
「……あっちっスね……。バレないように、静かに後を追うっスよ?」
2人が料金を払い早足にカフェを出ると、真昼と眼鏡の女性は、桜が咲く公園の方へと足を向けていた。
「……三月がそこまで言うんだったら、仕方ないよね……?」
摩夜はドキドキと跳ねる心臓から無理やり意識を逸らし、2人の後を追う覚悟を決める。
そして、波乱万丈のデートが幕をあげる。
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