それでも一緒にいたいです‼︎
「ねぇ、真昼さん。このまま遠くに……逃げませんか?」
「──やあ、楽しそうな話をしているね? よかったらボクも、混ぜてくれないかな?」
そんな2つの言葉が響いて、2人の少女が俺を見る。
「…………」
芽衣子はどこか追い詰められたような表情で、伺うように俺を見る。反して桃花はどこか楽しそうな笑みで、真っ直ぐに俺を見つめる。
「……会長さん。どうしてここに、いらっしゃるんですか?」
芽衣子は警戒するように、桃花に視線を移す。
「偶然だよ、偶然。生徒会室は、どうしても息がつまるからね。だから、今日くらいお日様の下でご飯を食べようと思ったら、偶然……君たちの姿を見つけたんだよ」
対する桃花は、ニヤリと笑ってそう言葉を返す。
「そうですか。……では悪いんですけど、少しだけ真昼さんと2人っきりにして頂けませんか? 私たちは今から、大切な話がありますの」
「……大切な話、ね。聞こえていたよ? 遠くに逃げないか、なんて……君はとんでもないことを言っていたよね?」
「……会長さんには、関係の無い話です。……ですから……お願いですから、今は2人きりにして下さい……」
「悪いがそれは聞けないね。何せ今日は、真昼が誰か1人を選んでくれる大切な日だ。……なのにそんな日に、遠くへ逃げようか、なんて言う女と……真昼を2人きりにはさせられないよ」
「…………」
「…………」
2人は、きつい視線で睨み合う。俺は突然の事態に困惑……いや、分かっていた筈だ。今日という日が、ただ告白するだけで終わるような、そんな簡単な日では無いと……俺は知っていた筈だ。
今まで、色んなことがあった。色んな人の想いに、触れてきた。そして色んな人を……傷つけてしまった。なのに俺だけ気持ち良く告白してハッピーエンドだなんて、そんな都合の良い結末は許されない。
「2人とも……いや、芽衣子。少し……訊いてもいいか?」
だから俺はそう言って、真っ直ぐに芽衣子を見つめる。
「……なんですの? 真昼さん」
「……遠くに逃げようって、どういう意味なんだ? 芽衣子、お前は……この前のデートで、言ってくれたよな? 全部終わったら、一緒にバスケをしようって。俺はそれが、嬉しかった。……でも……だから、どうして今になって、逃げようなんて言うんだ?」
芽衣子はこの前のデートでも、同じことを言った。ここから逃げ出して、遠くで新しい生活を始めようって。……でも、それじゃダメだと、芽衣子も分かっている筈だ。
お金とか、学校とか、そういう問題じゃなくて、もっと根本的なところでその行いは誰の為にもならない。向き合うことから逃げても、事態は決して解決したりしない。
だから俺は、揺るぐことなく芽衣子を見る。……でも芽衣子はとても辛そうな顔で俺から視線を逸らし、ゆらゆらと頼りない足取りで俺の方に近づいてくる。
そして俺の肩に手を置いて、芽衣子は言った。
「……私では、ダメですか?」
芽衣子の潤んだ瞳が、俺を見る。
「…………」
俺は乾いた喉を潤すように、唾を飲み込む。けれど、何の言葉も浮かんでこない。
「私は……私は、不安なんです。……いえ、私のことなんて、どうでもいいんです。私は、真昼さんが……心配なんです……。知ってますか? 真昼さん。いえ、知ってるんですよね、真昼さんは……。ずっと渦中にいた真昼さんが、知らない筈ありませんもの……」
芽衣子は震える声で、言葉を続ける。その背後にいる桃花は、ただ黙って芽衣子の様子を眺める。だからこの場には、芽衣子の声だけが響き続ける。
「……今朝、聞いたんです。そこに居る会長さんと、三月さんは……自分がふられたら真昼さんを監禁するつもりだって。だからわざわざ、ふられた方はそれ以後、真昼さんに手出ししない。……そんな約束を結んだんです。真昼さんは、そんな約束をしなければならないほど、危うい立場にいるんです。だから私は……心配なんです……。どうしても……怖いんです……!」
芽衣子が俺の制服を、ぎゅっと掴む。俺はただ、芽衣子の言葉に耳を傾ける。
「真昼さんが私を選ばなかったとしても、それは……辛いけど仕方のないことですわ……。でもそうなったらもう、私は真昼さんに何もしてあげられない……! 真昼さんが監禁されても、無理やり……辛いことをさせられても、ふられてしまった私では、助けてあげることはできないんです……!」
……ふられてしまったら、もう俺に関わることはできない。姉さんの持ちかけた約束を、芽衣子はそう捉えたのか。……そんなこと、考えてもみなかった。だって俺は、告白することばかりに気をとられて、その後のことを何も考えてなかった。
俺が誰か1人を選んで、その子が俺を受け入れてくれる。それはとても嬉しいことだけど、でも……その後に俺が監禁されるようなことになっても、もう誰も助けてはくれない。
だって、そういう約束だから。
「だから、真昼さん……。一緒に、逃げましょう? ……私、なんでもやりますから……。必死にお金も稼ぎます。真昼さんが望むのなら、どんなことでも致します……! だから、だから……だから……! お願いですから、側にいさせてください……! お願い……ですから……!」
芽衣子は泣き顔を隠すように、俺の胸に顔を埋める。だからこの場にはただ、悲しい泣き声だけが響き続ける。
「…………」
痛い。壊れるくらい、胸が痛い。このまま芽衣子を強く抱きしめて、安心させてやりたい。優しく頭を撫でて、大丈夫だよ? と、声をかけてやりたい。
でも……それはただの、その場しのぎだ。
昨日、姉さんに答えを返さなかった。でも芽衣子は泣いているから、答えを返してやるのか?
……そんなことをしても、結局1番傷つくのが、芽衣子なのに……。
痛い。だからただ、胸が痛い。
「芽衣子くん。君はやっぱり、昔のボクに似ているよ」
永遠みたいに続いた重い沈黙を、ずっと黙り込んでいて桃花が、軽い声で打ち破る。
「でもね、だからこそボクは言わせてもらうよ。……相手に縋るだけでは、何も変えられない。欲しいものがあるのなら、自分の力で手に入れないとダメなんだ。君だって……真昼が、好きなんだろう? なら、泣いていてはダメだよ」
桃花はそれだけ言って、俺と芽衣子に背を向ける。その表情はとても冷たいものだけど、でもその声には……どこか優しさが込められていた。
だから芽衣子も、そんな言葉を返したのだろう。
「ごめんなさい」
芽衣子はポツリと、そうこぼす。でも、桃花は返事を返さない。だから代わりに、俺が言葉を返す。
「芽衣子」
「…………」
「俺は、大丈夫だよ。俺は頼りないかもしれないけど、でも……頑張るから。だから……ありがとうな」
俺は優しく芽衣子の頭を撫でてやる。それはとても、狡い行為だ。でもどうしても、我慢することができなかった。
「…………ありがとうございます、真昼さん……。私は……私はたとえ真昼さんに選んでもらえなくても、ずっとずっと真昼さんを愛します。………………大好き……」
芽衣子は、はにかむように笑って俺から距離を取る。
「芽衣子、じゃあもう教室に戻れよ。遅刻したら、怒られるぞ」
「……真昼さんは、戻らないんですか?」
「ああ。俺はもう少し、ここにいるよ」
「………………そうですか。ではまた……放課後に……」
「…………ああ、またな……」
そして芽衣子も、去って行く。だからこの場には、俺だけが残される。
ふと、チャイムが響いた。授業開始5分前を告げるチャイムが、学校中に響き渡る。けど俺は、動かない。倒れるようにベンチに座り込んで、ただ空を見上げ続ける。
「結局、俺はまだ何も分かっちゃいない。誰の痛みも理解してやれてない。でもそれでも……選ぶって決めたんだ……」
大きく、息を吐く。
空は変わらず、青いままだ。だから俺は、ただ空を見上げ続ける。そうやって静かに、時が流れた。
そうして、放課後……になる前の時間。5時限目の授業が終わる前に、スマホに一通のメッセージが届く。
「…………」
俺はそのメッセージを見て、軽く息を吐く。
「…………行くしか、ないよな……」
ベンチから立ち上がって、校門の方に向かう。
長い長い1日は、まだまだ終わらない。
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