会長はここからです!
「真昼。ボクは君が好きだ」
その言葉を聞いて、俺は無意識に一歩後ずさる。……一体、誰が想像できただろう? あんな風に告白された次の日に、別の女の子に告白されるだなんて。しかも相手は、会長だ。俺が困った時にいつも相談にのってくれていた、あの会長だ。
「は? いやいやいやいやいや。……え? 貴女なに言ってるの? え? それなに? お兄ちゃんに、言ってるの? 貴女みたいな女が、お兄ちゃんを好きだってそう言ってるの? ……は? あり得ない。……やっぱりお兄ちゃんは、私が守ってあげないとダメなんだ……」
摩夜はそう言って、俺を庇うように前に出る。……ダメだ。またここでされるがままになっていては、ダメだ。会長が想いを伝えてくれたのなら、俺はそれに向き合わなくてはいけない。
だって、ここで困惑してなにも言えない情け無い男じゃ、俺を好きになってくれたみんなに申し訳が立たない。せめて、皆の想いにちゃんと向き合う。俺はそう、決めたんだから。
「……会長。俺は──」
俺は俺を庇う摩夜より一歩前に出て、会長と向き合う。会長はそんな俺を見て、優しい笑み浮かべる。
「分かっているよ。分かっている。こう見えてもボクは、人を見る目はあるつもりだからね。君がボクをそういう目で見ていないのは、初めから分かっているよ」
会長は、優しい笑みのまま言葉を続ける。まるで、俺になにも言わせないよう気を遣っているかのように、淡々と話し続ける。
「ボクはわがままなのさ。……そして、弱い人間だ。君も、君の妹くんも誰も傷つけないように振るまうのなら、ボクは今ここで想いを告げるべきでは無かった。ただの友人だって、そう言い張って、さっさと1人で帰るべきだった」
「……そもそも貴女がお兄ちゃんに近寄らなかったら、それでいいのよ」
摩夜が鋭い目つきで言葉を挟む。でも会長は気にしない。
「そうだ。君の言う通りだ。今日、ボクが買い物になんか誘わなければ、誰も傷つかずにすんだ。……でもね、ボクはそれでも後悔していない。やっと気づけたんだ。これはそういう想いだって、やっとく納得できた。だったらボクは、止まってやらない。自分勝手にわがままに、ボクは愛したいものを愛する」
「…………」
……純粋に、凄いなって思った。そんな真っ直ぐな想いは、俺はきっと永遠に持つことができない。俺は人の気持ちを慮るのが苦手だ。人を好きになるのも、苦手だ。だから、なにも選べなくて、同じところで足踏みを繰り返す。
でも会長は、一歩で飛んでみせた。たった一歩で、世界を変えてみせたんだ。……俺には到底、真似できない。
「気持ち悪い。それって結局、貴女のわがままに、お兄ちゃんを巻き込んでいるだけじゃない」
「そうだとも。でもそれ以外の愛を、ボクは知らない。……だからね、真昼。これだけは君に言っておきたい」
会長は真っ直ぐに俺を見る。そして、とても優しい笑みを浮かべて、胸を張るように言葉を紡ぐ。
「……君は、ボクを愛さなくてもいい。君は、無理をしなくてもいい。君は、ボク以外を好きになっても構わない。それでもボクは、君が好きだ。……きっと、ずっと永遠に……」
「……会長、俺は……」
俺は、何なんだ? ……俺は、そんな真っ直ぐな想いに応えられるような言葉を、なにも知らない。嬉しかった、とか。感謝してる、とか。そんな誤魔化しみたいな言葉じゃ、会長の想いに釣り合わない。
……でもどうしても、言えないんだ。
好きだって。愛してるって。それだけは、偽れないんだ。
「……ふふっ、いいさ。応えなくても。ボクはボクの想いを伝えられただけで、満足だから」
「でも会長、それじゃ……」
「いいんだよ、これで。……それとこれは、ボクから君へのプレゼントだ。部屋で1人になったら、開けてみてくれ」
会長は俺に小さな紙袋を押し付けて、楽しそうに肩を揺らしながら帰ってしまう。俺は何も、返してあげられなかった。
「ねぇ、お兄ちゃん。……大丈夫? あんな変な女に告白されて、嫌だったよね? その変なプレゼントも、私が捨てておいてあげるから大丈夫だよ?」
摩夜はそう言って、会長が渡してくれた紙袋を奪おうとする。でも、流石にこれは渡せない。
「…………摩夜」
俺は真っ直ぐに、摩夜を見る。
「なに? どうしたの? お兄ちゃん。あんな変な女のプレゼントなんて、別に捨てちゃってもいいんだよ?」
摩夜は爛々とした目で、俺を見る。けど俺は、それでも視線を逸らさない。
「摩夜」
「…………なに? お兄ちゃん。もしかして、あんな女ことが……好きなの? ……そんなわけ、無いよね……?」
「違う。そうじゃ無いんだよ、摩夜」
「じゃあ、なに? なんで、あの女の肩を持つの? なんで……!」
「だから、違うんだよ。誰の肩を持つとかそう言う話じゃない。……摩夜、姉さん、天川さん、それに会長。いろんな人が、俺に好意を向けてくれる。それはすごく嬉しいことだ。……本当に、俺にはもったいないくらいに……」
「……別に、いいんだよ? どうせお兄ちゃんは、これから私を──」
「でもさ、摩夜。好き、だけじゃダメなんだ。それ以外にも、大切なものがいっぱいある」
摩夜の言葉を途中で遮って、俺はそれでも言葉を続ける。
「好きだからって、何をしてもいいわけじゃない。気に食わない相手だからって、無下に扱っていいわけじゃない。好きとか嫌いとか、それも大切なことだけど、それだけが大切なわけじゃないんだ。……摩夜なら、分かってくれるだろう?」
「…………」
摩夜はバツが悪そうに、俺から視線を逸らす。まるで親に怒られた子供のような仕草に、俺は少し笑ってしまう。
「今度でいいからさ、会長に謝ろうな? 俺も一緒に、頭を下げてやるから」
「…………でも、お兄ちゃん……」
「俺はさ、誰が好きかなんて、そんな簡単なことも決められない臆病者だ。けど、それでも、人の気持ちを考えないで好き勝手振る舞う奴は、好きじゃない」
「………………分かったよ。お兄ちゃんがそこまで言うなら、分かったよ……」
摩夜は、ちゃんと頷いてくれる。だから俺は、それに笑みを返して歩き出す。
「帰ろうか。……きっと、姉さんが待ってる」
「…………うん」
摩夜は俺に怒られたのがショックだったのか、悲しそうにうつむいたまま歩く。……少し、言いすぎただろうか? いや、これでいい筈だ。傍若無人な振る舞いをしても、結局損をするのは自分自身なのだから。
「……そう落ち込むなよ、摩夜。……そうだ、今日作ってくれた弁当。美味しかったぞ? ありがとな」
「ほんと? ほんとにほんとに、美味しかった?」
「ああ。俺が作るより、ずっと美味かったよ」
「…………そっか! よかったぁ〜。じゃあお兄ちゃんは、私を嫌いになった訳じゃ無いんだね? そうだよね?」
「ああ、当たり前だろ?」
「よかったぁ〜」
そこでようやく、摩夜は笑う。こういうところは可愛い妹のままだ。
「……そうだ。今度は、一緒に弁当を作ろうか」
「うん。そうだね。今度は2人 で一緒に作ろうね!」
俺たちは、そうやって2人で家に向かう。赤い夕暮れに背を向けながら、仲の良い兄妹のように歩く。
……でも、途中で思い出した。
「…………そういや、渡せなかったな」
結局、会長にプレゼントを渡せてなかった。それをふと、思い出した。
「どうかした? お兄ちゃん」
「……いや、なんでもないよ」
……けどまあ、それは明日にでも渡せばいいか。そう納得して、俺は摩夜と一緒に家に帰る。会長がくれたプレゼントの中身を、楽しみにしながら。
「…………ふふっ。ボクのプレゼント、喜んでくれるかなぁ」
会長は1人、楽しそうに笑う。その笑みの意味を、俺はまだ知らない。
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