会長は嬉しいです!

 


 翌日。俺はまたしても、生徒会室を訪れた。


「失礼します」


 そう告げて、生徒会に踏み入る。会長はいつも通りの軽やかな佇まいで、窓の外を眺めていた。


「……おや、今日も来てくれたのかい? 嬉しいね。では今日も、一緒にご飯を食べるとしよう」


「そうですね。あ、でも今日は、会長の分も弁当を作ってきたんですよ。よかったら、食べてもらえませんか?」


 会長は俺の言葉を聞いて、にぱっと花ように笑う。


「それは嬉しいね! もちろん、頂くよ。……でもどうしたんだい? 君がボクにお弁当を作ってきてくれるだなんて……」


「…………いえ、ただの日頃のお礼ですよ。あとそれと、昨日のお詫びですかね。……昨日は妹が、すみませんでした」


 そう言って、俺は頭を下げる。


「いいよ。ボクは全然、気にしてない。だから頭を上げたまえ。君の妹くんも、お兄ちゃんを取られそうで嫌だったんだろう。それくらい、可愛い嫉妬じゃないか。ボクは、気にしてないよ」


「……そう言ってもらえると、助かります」


「いいよ、それくらい。……それより座って。君が作ってきてくれたお弁当を、一緒に食べようじゃないか」


 会長はそう言ってソファに座る。俺もそれに続いて、会長の前のソファに腰掛ける。


「どうぞ、会長。朝から気合いを入れて作った自信作ですから、美味しいと思いますよ?」


「……ほう。確かにこれは、美味しそうだ。……うん、では頂くとしよう。いただきます」


 会長は手を合わせてから、弁当に手を伸ばす。俺もその姿を眺めながら、自分の分の弁当に箸を伸ばす。


「……どうです? 会長」


「……美味しい。美味しいよ。凄く美味しい! 見直したよ、君。やるじゃないか!」


 会長はそう言って、本当に嬉しそうな笑みを浮かべてくれる、だから俺も、つられるように笑ってしまう。


「なら、よかったです。会長に喜んでもらおうと、気合いを入れて作った甲斐がありました」


「ふふっ。嬉しいことを言ってくれるね。…………あ、そうだ。ボクが昨日、君に渡したプレゼント。どうだった? 喜んでくれたかな?」


「………………あー、はい。嬉しかったですよ。プレゼントなんて、家族以外からは滅多にもらえないんで。ほんと、ありがとうございます」


「うん。喜んでもらえたのなら、ボクも大満足だよ。……でも見たところ、君はボクのプレゼントを付けてくれているようには、見えないんだけど……」


 会長は真っ直ぐにこっちを見る。俺はその視線から逃げるように目を逸らして、ゆっくりと言葉を返す。


「……いや、あれは流石に学校には付けて来られませんよ。どう考えても校則違反ですし、それに……せっかく会長から頂いたプレゼントを没収されたら、それこそ元も子もないでしょ?」


「………………そうだね。君の言う通りだ。ふふっ。ボクとしたことが、少し浮かれていたようだ。何せ、男の子にプレゼントなんて初めての経験だ。どうしても……昂ぶってしまうよ」


「昂ぶるって、会長は面白い言い回しをしますね。……いや、というか会長のくれたプレゼント。ああいうのって、今、流行ってるんですか? 俺そういうファッションとかには疎いから、知らないんですよ」


「うん? 流行りとかは、ボクも知らないよ。ただ君に似合うだろうなって思ったから、プレゼントしただけさ」


「……そう、なんですか」


 会長のことだから、他意がないのは分かるんだけど、あれは少し尖り過ぎている。俺みたいなオシャレ初心者は、どうもしても躊躇してしまう。


「おっと、そんな話をしている間にもう無くなってしまった」


 会長はそう言って、空になった弁当を見せてくれる。


「残さず食べてもらえて、嬉しいです」


「美味しかったからね。うん、ご馳走さま。ありがとう、ボクのためにお弁当を作って来てくれて。……あ、お弁当箱は洗って返した方がいいのかな?」


「いや、いいですよ。こっちで持って帰って洗いますから。変な気は遣わないでください」


 会長から空の弁当箱を受け取って、俺の弁当箱と一緒に鞄に仕舞う。……っと。そうだ。これも忘れないうちに、渡しておかないとな。俺は鞄の中に仕舞ってある、昨日渡せなかったプレゼントゆっくりと取り出して、会長に手渡す。


「どうぞ、会長。これも、日頃のお礼です。もしよかったら、受け取ってください」


「…………え?」


 会長は俺にプレゼントを渡されて、目をまん丸にして驚いてくれる。


「本当は昨日、渡そうと思ったんですけどね。昨日は……色々とありましたから、遅れちゃいました」


「……いや、いやいや、そんなことは別にいいんだ。それより、これ……開けてみてもいいのかな?」


「どうぞ」


 俺の返事を聞いて、会長はおっかなびっくりとした手つきで、ゆっくりと包装を解いていく。


「………………そうか。君はやっぱり、そうなんだな……」


 会長は放心したような目で、1本の薄いピンクの薔薇を眺める。プリザーブドフラワー。透明なガラスケースに入れられたそれは、何年もの間そのまま咲き続けるらしい。


「会長、気にしてたでしょ? ……喜んでくれますか?」


「ああ、勿論だとも。……ありがとう」


 会長はこっちを見て、笑う。その笑顔はどこか小さな女の子ようで、俺も笑ってしまう。


「ボクは……ボクはね、こう……華やかさに欠ける女だろ? 生徒会長で、戦うのが好きで、それに……どこかガサツだ。……でもね、だからこそ、ボクは憧れてたんだ。こういう華やかなものを、誰かにプレゼントしてもらえることに……」


 会長はこっちを見る。真っ直ぐに俺を見て告げる。


「ありがとう。やっぱりボクは、君が好きだ」


 一瞬、ドキッとした。心臓が止まったんじゃないかってくらい、ドキッとした。


「……会長」


「ふふっ、そんな顔をするな。分かっているさ。今のはただ、想いが口からこぼれてしまっただけ。君が気にする必要は無い」


「…………」


 会長は笑う。俺にはその笑みの意味が、分からない。微笑み返していいのかすら、俺には分からない。……なんて馬鹿なんだよ、俺は。


「ところでさ、薔薇の花言葉を君は知っているかな?」


 会長は唐突にそう切り出す。


「……いやちょっと、その辺は知りませんけど……」


 少し困った表情を浮かべる俺に、会長は優しい笑みを返して続ける。


「薔薇にはね、色だけじゃなくて本数にも意味があるんだ。……君がね、ボクにプレゼントしてくれたピンクの薔薇の花言葉は『愛の誓い』そして、1本の薔薇は『一目惚れ』という意味なんだ。……知らなかったのかい?」


 会長が立ち上がる。立ち上がって、ゆっくりとこっちへ近づいてくる。


「こんなものをプレゼントしておいて、ボクに勘違いをするな、なんて流石の君も言えないだろう? ……ボクだってね、人間なんだ。だから何でもかんでも我慢なんて……無理なんだよ」


「…………会長、俺は……」


 会長が迫る。俺は動けない。薔薇の花言葉? そんなもの俺が知るわけない。……でも俺が知らなかったとしても、会長はそうじゃないんだ。会長がそうだと思ってしまったのなら、俺は……どうすればいい?


「…………ふふっ。困った顔をしているね? でも君は、何もしなくてもいい。これはボクが1人で勘違いして、1人で勝手に……やることなんだから……」


 そう言って会長は、正面から俺を抱きしめる。そして冷たい掌で、俺の首筋に触れる。


「今、ビクッとしたね? 首が弱いのかな? ……うん? 首筋が少し、赤くなっているね。虫にでも刺されたのかな? ……可哀想に……」


  そう言って会長は、優しく俺の首筋を撫でる。俺は動くことすら、できない。


「…………」


 ……一体俺は、どうすればいい? このまま会長を受け入れてしまって、それでいいのか? こんな流されるような形で会長の想いを受け入れるのが、本当に正しいのか? 俺に分からない。……ただどうしても、振り払うことができない。


「…………」


 会長は黙って俺を見る。俺の首筋を、舌なめずりする吸血鬼のような表情で、ただ見つめる。


「…………」


「…………」


 秒針の音が、ただ部屋にこだまする。遠くから、昼休みの喧騒が聴こえてくる。静かだ。時が止まったみたいに静かで、会長も何故か、時が止まったかのように動かない。




 でもそこで、ふと音が響いた。



 昼休みの終わりを告げるチャイムが、俺と会長の耳朶を打つ。


「……ふふっ。少し、はしゃぎ過ぎたようだね。もう昼休みもおしまいだ。お弁当、それにプレゼントも嬉しかった。またいつでも、遊びに来てくれ」


 会長は俺から離れて、いつもと変わらない笑顔でそう告げる。


「…………ええ、また遊びに来ますよ」


 だから俺も、できる限りいつもと変わらない表情で、そう返す。



「いつまでも、待っているよ」



 会長のその言葉を背中で聞いて、俺は生徒会室を後にする。心臓がまだ、ドキドキと高鳴っていた。



 ◇



「…………可愛いな。彼の困った顔を見ると、どうしても心臓が高鳴ってしまう。我慢できないくらいに……!」


 久遠寺くおんじ 桃花とうかは蕩けるような表情で、笑う。愛しい人を思い浮かべながら、その食べてしまいたくなる表情を何度も何度も思い浮かべる。


「…………」


 でもその笑顔は、徐々に徐々に別のものへと色を変えていく。









「…………でも、あの首筋の痣はいけないね。あれはどう見ても、キスマークじゃないか。彼は一体、どこの誰にそんなものをつけられたのかな?」


 あくまで優雅に、いつも通り軽やかに、それでも少し毒を込めて、生徒会長、久遠寺 桃花は笑うのだった。


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