もっと遠くへ行きたいです‼︎
朝、いつもより少し早い時間に目が覚める。俺はいつものように寝惚け眼をこすりながら、軽く息を吐いて立ち上がる。今日は遂に、誰か1人を選ぶ日。つまり俺が……告白する日だ。
「…………」
そう考えると、ドキドキと今から心臓が早鐘を打つ。……いや本当を言うと、昨日の夜から緊張してしまって、あまり眠ることができなかった。
「……けど、やるしかない。もう決めたんだ」
そう自分に言い聞かせるように呟いて、部屋を出る。……そしてしばらく、何も考えないように黙々と歩いていると、ふと違和感を覚える。
「……妙に静かだな。いつもなら、姉さんと摩夜が朝食の準備をしてくれてるんだけど……。今日はまだ、寝てるのかな?」
そんなことを呟きながら、階段を降りる。すると、リビングの机の上にメモが置かれているのに気がつく。
『今日は先に出てる。朝ごはん準備できなくて、ごめん』
メモにはただ、それだけが綴られている。
「……今日は俺が、誰か1人を選ぶ日だ。なら流石に、朝から顔を合わせるのは気まずいんだろうな……」
となると、久しぶりに自分で朝食を用意する必要がある。無論、それくらい別に構わない。……けど、
「まだだいぶ早いし、もう少しだけ寝ておくか……」
なんて考えが、一瞬頭を過る。……けど、そんなことをして遅刻でもしたら、本当に目も当てられない。
「なら、手早く朝食を済ませて、早めに家を出るか」
そう考え直して、ささっと朝食を食べて歯を磨く。そして着替える為にもう一度、部屋に戻る。するとそこで、スマホにメッセージが届いていることに気がつく。
「……姉さんから、か。『真昼が誰か1人を選んでくれたら、他の女はそれ以後、真昼に手出ししない。そういう約束をみんなで結んだの。だから真昼は、安心して自分の心に正直に決断してね』……姉さん、気を遣ってくれたのかな……」
俺が何の気負いもなく誰か1人を選べるように、姉さんが皆んなに話を通してくれたらしい。昨日は自分で何とかすると言った筈だけど、でもやっぱりこういう風に気遣ってもらえると……少し嬉しい。
「……でも、いよいよ告白となると……緊張するな。告白なんて産まれて初めてだし……いやでも、俺は楽な方なんだろうな……」
俺がふられることは、たぶん無い筈だ。だから俺は、告白前に1番気になることを気にしなくて済む。
……しかし無論、それも絶対では無い。
もしかしたら彼女の気が変わって、ふられてしまうかもしれない。そうなると俺は……他の女の子と付き合うのだろうか? そんな甘えた行動が、果たして許されるのか?
「……考えても仕方ないな。……そろそろ行こう」
考え事をしていると、いつのまにか時間が過ぎていて、もう遅刻ギリギリだ。だから俺は急いで着替えて、カバンを持って家を出る。
「……いい天気だな」
春の日差しが、真っ青な空から降り注ぐ。俺はなぜか軽く笑みを浮かべて、早足に学校へと向かった。
◇
そして、昼休み。いつもなら気を抜ける時間だけど、今日はそういうわけにもいかない。放課後まで、あと数時間。緊張は徐々に、高まってきている。
「……校舎裏にでも行くか」
あそこなら誰もこなくて静かだし、考え事をするにはうってつけだろう。……流石に今日は、会長や芽衣子と昼食をとる気にはなれない。
俺は大きく息を吐いて、立ち上がる。すると、まるでそれを見計らったかのように、声が響く。
「……真昼さん。少し……お話があるんですけど……よろしいですか?」
芽衣子だ。芽衣子は何故かとても覇気の無い顔で、不安そうに俺の顔を覗き込む。
「構わないけど……なにか、大切な話か?」
「はい。……いえ、分かってるんです。このタイミングで真昼さんと2人っきりで話をするのは、とてもずるいことだって。……でもどうしても、話しておきたいことがあるんです。だから……お願いします。真昼さん」
芽衣子はそう言って、頭を下げる。……そこまでされてしまうと、断ることなんてできない。
「分かったよ。だから頭を上げろって」
「……はい。ありがとうございます……」
「…………」
どうしたんだよ? 元気無いな。そんな風に声をかけたくなるけど、今ここでそれを訊くのはバカだろう。……いくらいつも元気な芽衣子でも、今日のことで不安になるのは当たり前のことだ。
「……ここで話すのは……あれだから、場所を移すか?」
「できれば、誰も居ない所で……お話したいんです」
「分かった。じゃあ、校舎裏にでも行くか?」
「はい。……お手数をお掛けして、すみません」
「……謝るなよ。お前は……いや、違うな。分かった、とりあえず早く行こうぜ?」
そうして2人で、校舎裏に向かう。道中はずっと無言だった。芽衣子はずっと神妙な顔で黙り込んでいて、だから俺も声をかけることができなかった。
そんな風に2人で、ただ黙々と歩いて校舎裏に辿り着く。
「…………」
校舎裏はとても静かだ。校舎から昼休みの喧騒は聴こえてくるけれど、それはどこか他人事で、この場所は不思議な静寂に包まれている。
まるで、時が止まってしまったかのような静かな時間。そんな静かな時間の中で、芽衣子は何の言葉も発さず、ただ真っ直ぐに俺を見つめる。だから俺も芽衣子が口を開くまで、ただ黙って待ち続ける。
するとふと、風が吹いた。
春風とは思えないほどの冷たい風が、俺と芽衣子の間を吹き抜ける。バサバサと、芽衣子の金色の髪が風に揺れる。俺の少し伸びてきた前髪も、ゆらゆらと風に揺れる。
そして、風が止むのを待っていたかのように、芽衣子がゆっくりと口を開く。
「ねぇ、真昼さん。このまま遠くに……逃げませんか?」
それは、いつかと全く同じ言葉。でも芽衣子の表情はあの時よりもずっと追い詰められていて、俺は思わず言葉に詰まる。
するとまるで、その隙間を縫うように背後から声が響いた。
「──やあ、楽しそうな話をしているね? よかったらボクも、混ぜてくれないかな?」
ゆっくりと、物語は前に進んでいく。その運命からは、決して逃れられない。
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