皆んなで話をします。



「……ボクはね、真昼を監禁しようとしてたんだ。……いや、今もまだそれは諦めてない。というか……実はこの旅行も、その為に計画したものなんだよ……」


 桃花のその言葉の意味が、理解できなかった。……いや、言葉の意味が理解できないんじゃなくて、なぜこのタイミングでその事実を伝えるのかが、分からない。


 桃花だけじゃなくて、天川さんもそうだ。盗聴していたことをこのタイミングで伝えて、一体どうするつもりなんだ?



 彼女たちの考えが、分からない。



「ふふっ、真昼。今の君は、とても可愛い顔をしているよ。ボクは君のそんな顔が見たくて、この話を君にしたんだよ?」


 桃花は瞳孔の開いた目で、真っ直ぐに俺を見つめる。


「…………そうですか。でも……監禁なんてしても、意味なんて無いですよ? 今更、貴女たちが俺に何をしようと、俺の気持ちは揺るがない」


「………………だろうね。いくら監禁して真昼の身体を手に入れても、きっと真昼の心は……手に入らない。君と朝音さんの様子をずっと見ていたボクらには、それが分かってしまう。……でもだからこそボクは、ここで事実を打ち明けたんだよ?」


 桃花の言葉には、どこか諦めるような響きがある。……でもそんなものは偽物だと言うように、桃花の瞳は爛々と輝く。


「……よっと」


 桃花はそう声をこぼして、地面に落ちたビーチボールをポンポンと何度か叩く。そして今度はそれを、摩夜の方に打ち上げる。


 摩夜はそれを……打ち返さない。だからボールは、摩夜の正面に落ちる。


「……お兄ちゃん。私はね、私たちはね、知ってるんだよ? お兄ちゃんとその女が、毎日毎日なにをしていたのか。お兄ちゃんは……私にバレないように気を遣っていたつもりなんだろうけど、私は全部……知ってたんだ」


 摩夜は正面に落ちたボールにだけ視線を向けて、淡々と言葉を紡ぐ。


「私の秘密はね、実は……殺してやろうと思ってたんだよ。……その女を。私の……私が守ってあげないといけないお兄ちゃんを傷物にした、その女を……!」


「…………」


 摩夜は本当に人でも殺してしまいそうな狂気を孕んだ瞳で、姉さんを睨む。けど姉さんは、何の言葉も返さない。


「でも……でもお兄ちゃんは、そんな姉さんに愛してるって何度も言ってた。……そして、私たちを……私を邪魔だって言って、追い払おうとするんだ……」


 摩夜は潤んだ瞳で、俺を見る。俺は……俺はそれに、何の言葉も返せない。


「…………」


 ……桃花、摩夜、天川さん。彼女たちは、全て知っていた。全て知った上で、この旅行に参加した。しかも今までひた隠しにしてきたその事実を、今になってあっさりと伝える。



 意味が、分からない。



 彼女たちは一体、何がしたいんだ?



「お兄ちゃん。……でもね? 無駄なんだよ。お兄ちゃんがその女と……色んなことをしてるって知っても、私の気持ちは全然変わらなかった。もうお兄ちゃんは、どうしたって振り向いてくれないのかもしれないけど……それでも私は、お兄ちゃんが好き。……その女を殺したって、お兄ちゃんは私を好きになってはくれない。そんなの……分かってる! なのにどうしても、私は……自分の気持ちを抑えられない……!」


「……それで摩夜は、それで皆んなは、一体何をする気なんだ? ……もう分かってるんだろ? 俺は姉さんが好きなんだ。その気持ちは、もう絶対に変わらない。なのにお前らはまだ、俺に何かするつもりなのか?」


「うん。だってもう、そうするしか無いんだもん。お兄ちゃんが私を邪魔者扱いしても、いくらお兄ちゃんが迷惑だって言っても、私はお兄ちゃんから離れられない。……だからお兄ちゃんに忘れられるくらいなら、嫌われた方が……いい。だから私は……ふふっ。あはははははははははははははは……!」


 唐突に、摩夜は笑い出す、まるで壊れてしまったみたいに、摩夜はただ笑い続ける。


「ダメっすよ? 摩夜。話を途中で辞めちゃ、お兄さんが気になってしょうがないっス。……お兄さんは、気になってるんスよね? 何であたしたちが、自分の目的をペラペラ喋るのか。そしてあたしたちがこれから、何をしようとしているのか。それが……聞きたいんスよね?」


「……ああ」


「ふふっ、正直で可愛いっス。……お兄さん、あたしたちは話し合ったんスよ。監禁しても盗聴しても……お姉さんを殺しても……お兄さんには、好きになってもらえない。ならどうすればいいのかって、皆んなで必死に話し合って……決めたんスよ。お兄さんに……抱いてもらおうって」




「…………は?」



 天川さんの言葉はあまりに支離滅裂で、俺の口からはそんな言葉しか溢れない。



「そう驚かないでくれよ? 真昼。これは皆んなの為なんだ。真昼が今日この場でボクらを抱いてくれたら、向こう1年は真昼にも朝音さんにも手出ししない。盗聴することも、監禁することも、無論……殺すような真似もしないと約束する。……それで、どうかな?」


「いや、3人とも正気か? 俺が……そんな条件を飲むわけ無いだろ?」


「なら、お兄ちゃん。私たちはずっとお兄ちゃんに、付いて回るよ。デートしてる時も、家で……してる時も、私たちはずっとお兄ちゃんの側にいて、そうして我慢できなくなったら……」


「…………摩夜、お前はそんなことで本当に、満足なのか? 仮にもし俺がその条件を飲んだとしても、俺はお前に愛情は注げない。そんな……そんな形だけの行為で、お前は本当に満足なのか?」


「ううん。満足なんて、できないよ。でも……お兄ちゃんが抱いてくれたのなら、それだけでしばらくは……この気持ちを抑えられると思う。この、姉さんへのどうしようもない殺意を……しばらくは抑え込める筈なんだよ……」


「…………」


 言葉が、無い。もう完全に、お手上げだ。



 嫌われてもいい。それで姉さんと一緒になれるのなら、俺はそれだけで構わない。



 そんな気持ちで、この旅行に参加した。でも……なんだよ? これ……。嫌われることすら、俺にはできない。どうすれば、彼女たちは俺を諦めてくれる? ……本当にもう、何もかもが分からない。




「……真昼くん。大丈夫だよ? 私の真昼くんを、こんな女たちに抱かせたりしないから……」



 姉さんはそう言って、優しく俺の手を握りしめる。



「ふふっ、朝音さん。貴女のその強さは、少し想定外だったよ。少し前の貴女なら、あたふたと状況を見守ることしかできなかった筈なのに、今の貴女はまるで昔の貴女みたいに……強く頑強だ。でも……ふふっ。そんな貴女でも、もうボクらを止めることなんてできない……!」



 3人と姉さんが、睨み合う。俺は……俺は、ただ考える。本当にこれでいいのか? と、頭を悩ませ続ける。




 俺にできることは、本当にもう何も無いのか?



「…………」



 考えて。考えて。考えて。必死になって脳みそを回して、それでも答えは出てこなくて、でもそれでも俺は考え続ける。



 姉さんと皆んなが、言い争う声が聞こえる。



 もうずっと、こんな声ばかり聞き続けてきた。……一体なにがダメで、どんな失敗をしたから、こんなことになってしまったのだろう?



 皆んなで仲良くすることは、もうできない。でも、嫌われて距離を取ることも不可能だ。




 なら俺は、どうすればいい?



 それを必死になって考えて、ふと……大切なことを思い出した。





 そういえば俺はまだ、伝えて無かった。



 俺は、彼女たちに本当に大切なことを、伝えていない。……きっと今更それを伝えたところで、何も変わらない。



 でも俺は、


 だからこそ俺は、



 口を開いた。



「──みんな聞いてくれ」



 そうして、俺の最後の足掻きが始まった。


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