知りました。



「おっとと。……よいっ!」


「お、今のに届くのか。摩夜くんは凄いな」


「摩夜は陸上部のエースだったっスからね。運動神経では、誰にも負けないっス……よっとっ!」


「あ、私の所に来た。……いくよ? 真昼くん……はいっ!」


「……どこ打ってんだよ? 姉さん……よしっ! 届いたっ!」



 そんな風に、皆んなで楽しくビーチボールを打ち合う。姉さん以外は、皆んなスポーツか武道の経験者なので、ボールはなかなか地面に落ちない。



「…………」



 ……最も、彼女たちが姉さんを狙い撃ちにでもすれば、すぐにボールは地面に落ちるだろう。……けど幸いに、そういうことにはなっていない。



 だからただ楽しく、穏やかな時間が流れる。



「……よっと!」


 俺の正面にきたボールを、天川さんの方に打ち返す。……ボールは高く打ち上がって、天川さんの頭上を舞う。


「…………」


 落とすような、距離じゃ無い。寧ろ天川さんの運動神経なら、落とす方が難しいだろう。




 ……でもボールは、地面に落ちた。ぼすっと、まるで地面に吸い込まれるように、ボールは砂浜の上を転がる。



「あー、落としちゃったっス。あまりに余裕なボールだったから、逆に油断しちゃったっス」


 天川さんはそう言って、どこか白々しい笑みを浮かべる。


「くふっ。じゃあ三月くんが罰ゲームだね。何でもいいから、秘密を一つ告白してもらおうか」


「……参ったっスね……。あたしには特に、秘密なんて無いんスけどね……」


 天川さんはそう言って、少し考えるように黙り込む。だから皆んなの視線は、自然と天川さんの方に集まる。


 そして天川さんは、まるでそのタイミングを見計らったかのように、とんでもないことを口にする。



「……実はあたし、盗撮してたんス。ずっと昔から、お兄さんのことを隠し撮りし続けてきたんス。……しかも、百や二百じゃきかないくらい……。今まで黙ってて悪かったっスね、お兄さん……」


 天川さんのニヤリとした笑みが、俺を見る。


「…………」


 俺はそれに、何の言葉も返さない。盗撮。……今更それくらいのことで、驚いたりはしない。しかし……摩夜や桃花が何の反応も示さないのが、不気味だった。


 彼女たちの性格なら、天川さんの発言に苦言の一つでも呈する筈だ。なのに、彼女たちは何も言わない。彼女たちはまるで初めからそれを知っていたかのように、ただ黙って天川さんの言葉に耳を傾ける。



「…………」



「…………」



 だから表情を露わにしているのは、俺と姉さんだけ。俺は困惑、姉さんは敵意で天川さんを見つめる。




 ……しかし、そんなことは関係ないと言うように、天川さんは言葉を続ける。



「ふふっ。それに……この際だから言っちゃうっスけど、実は盗聴もしてたんスよね。神さまが普段なにをしているのか知っておくのは、あたしの義務っスから……。まあでも大抵は、お姉さんに見つけられてすぐに壊されてたんスけど……」




 天川さんは、笑う。狂気に彩られた瞳で、彼女はただ笑う。



「けど、お姉さんが記憶喪失になってからは、盗聴器が壊されることは無くなったっス……! だからあたしはいつも、お兄さんの声を! 神さまの声を! 聞き続けられたんス……!」



「────」


 言葉が、無い。感情を上手く、言葉に変えられない。……いや別に、声や生活音を聴かれるくらいなら、どうということは無い。


 問題なのは、俺と姉さんの会話が聴かれていたということ。それは流石に、許せるようなことじゃない。


「……天川さん」


 だから思わず、俺は本気で天川さんを睨みつける。……しかし天川さんは、笑う。彼女は少しも悪びれること無く、ただ笑い続ける。


「……お兄さん。だからあたしは、知ってるんスよ? お兄さんとお姉さんが、毎日毎日毎日……どんなことをしていたのか……。そこの女が、どんな声でお兄さんに媚びていたのか。あたしは全部……知ってるんス。……それに、お兄さんとお姉さんがどういう目的で今日の旅行に参加したのか……。その理由も、あたしは知ってるんスよ?」


「…………」


 ……やはり全部、知られていた。俺たちがどういった目的でこの場所に来たのか、天川さんは全部……知っていたんだ。


 ……いやきっと、天川さんだけじゃ無い。摩夜も桃花も、きっと知っていたのだろう。そうじゃないと、この事実を聞いて何のリアクションも示さないのは、おかしすぎる。


「……姉さん。大丈夫か?」


 少し心配になって、姉さんの方に視線を向ける。今の姉さんは、昔と違って皆んなの狂気に慣れていない。だからこんな狂気を見せられたら、怯えてしまうかもしれない。そう思って、俺は姉さんに視線を向ける。


「ふふっ。……馬鹿みたい」


 ……しかし姉さんは、笑っていた。まるで心の底から嘲るように唇を歪めて、姉さんは淡々と言葉をこぼす。


「盗聴とか盗撮とか、馬鹿みたい。それに……全部知ってるって、なに? 貴女たちは、何も知らないよ? 真昼くんの温かさも、真昼くんの優しさも、貴女たちは本当に何も知らない。……ふふっ。貴女たちは精々、私たちが楽しんでる音だけ聴いて、1人惨めに夜を過ごしてるだけ。……そんなの、何かを知っているうちに入らないよ……」


「…………」


 2人はただ、睨み合う。……いや、そもそも姉さんは、いつからこんなに強くなったんだ? 記憶は戻っていない筈なのに、姉さんはいつのまにか、昔の強さを取り戻している。


「くふっ。まあまあ2人とも、喧嘩しないでくれよ。三月くんの秘密は確かに驚くべきものだけど、でも今更……それを責めても仕方がないだろ? 今は楽しい旅行の最中なんだから、それくらい水に流してやろうじゃないか。……ね? 真昼?」


「…………そうですね。確かに驚きはしましたけど、今更それを責めようとは思いません。聞かれて困るようなことなんて、何もしてませんからね……」


 俺は必死に強がって、そう笑う。……しかし本当は、怖い。姉さんとの行為の音まで聴かれていたのは……本当に嫌だけど、今更それに文句を言う気はない。



 しかし、俺たちの目的を知られているのは、本気で不味い。……俺たちは皆んなを傷つけて諦めさせる為に、この旅行に参加した。



 ……けど天川さんは、いやきっと……桃花や摩夜も、それを初めから知っていた。知っていて俺たちの行為を、ただ眺め続けた。



 ならきっと、俺たちの目的なんかどうでもいいと思えるほどの計画が、彼女たちにはある筈だ。



「お兄さんにそう言ってもらえて、よかったっス。……じゃあ、続きをやるっス……よっ!」


 そう言って天川さんは、ビーチボールを俺の方に打ち上げる。……俺はほとんど無意識に、そのボールを打ち返す。



 そんな風にしてまた、ビーチボールが宙を舞う。



 最初の頃に感じていた楽しげな雰囲気は、微塵も無い。今は誰1人として言葉を発さず、ただ淡々とビーチボールを打ち上げ続ける。




 しかしまた、唐突にボールは地面に吸い込まれる。





「おっと、今度はボクが落としてしまったよ……。くふっ、仕方ない。ならボクも……とっておきの秘密を話すとしようかな……」



 そして、桃花も話し出す。どうしようもない狂気を、彼女は当たり前のように言葉に変える。




「……ボクはね、真昼を監禁しようとしてたんだ。……いや、今もまだそれは諦めてない。というか……実はこの旅行も、その為に計画したものなんだよ……」



 桃花はそう言って、笑う。彼女たちはただ、笑い続ける。




 楽しい旅行は、まだまだ終わらない。……皆の狂気が完全に露わになるまで、決して終わることは無い……。


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