これからですか?
「皆んな、聞いてくれ。俺は──」
俺が言いたいのは、
──もう、放っておいてくれよ。
なんて、言葉じゃない。
それは確かに、俺の胸にわだかまっている想いだ。もう疲れて、嫌になってきているのも事実だ。でもそれだけが、俺の胸の内にある想いじゃ無い。
……皆の想いに向き合わないと、ずっとそう思ってきた。
でも多分これが、一番初めの間違いだった。いくら皆んなの想いに向き合っても、答えを出せなければ何の意味も無い。だから俺が本当に向き合わなければならなかったのは、自分自身の想いなんだ。
皆んなの顔を、見渡す。
こんな俺が、皆の想いを理解できているとは思えない。けど皆んなが、確固たる想いでこの場に居る事だけは分かる。……そしてそれは、今の俺に1番足りないものだ。
……多分俺は、告白してきたのが摩夜だけなら、特に悩みもせず摩夜と付き合っていたのだろう。それが姉さんでも、天川さんでも、桃花でも、芽衣子でも変わらない。
俺は他人の想いに応えるばかり考えて、自分の想いを蔑ろにしてきた。……だって俺には、確固たる自分というものが無い。
その場その場で誤魔化すようなことばかり言って、ただ逃げ続ける。色んな誤魔化しの言葉で、つぎはぎみたいに編まれているのが今の俺だ。
ずっと俺は、逃げてきた。
バスケを辞めたのも、大事な場面でミスをして心が折れてしまったからでは無い。俺は、何も思わなかったんだ。ただ言い訳のように頑張っていただけだから、負けても俺は何も感じなかった。だから彼らが謝ってきた時、俺は何の言葉も返せなかった。
俺は弱い、人間だ。
本当の俺は、きっと部屋の隅で膝を抱えて全てのことから逃げ続ける、そんな小さな子供みたいな男だ。そんなものが、俺の正体なんだ。
だから他人と関わるのを、避けていた。他人の気持ちが分からないなんて、ただの言い訳だ。でも1人になるのは怖いから、少ない友人や姉さんと摩夜にはできる限り優しくした。でも変わってしまうのは怖くて、血が繋がっていないっと知らされたら、情け無く泣いてしまった。
『恋愛なんて好きになったら好きになって、嫌いになったら嫌いになるだけのものでしょう? 一体どこに、悩む必要があるのかしら』
でも好きになれかったら、どうすればいいんだ? 教えてくれよ、芽衣子。
……なんて、バカみたいだ。本当はそんな事、悩むまでも無いんだ。
逃げていた。ずっと自分自身から逃げていた。あの子を死なせしまった時から、俺はずっと逃げていた。傷つくことから、悲しむことから、許すことから、前へ進むことから。
でもいい加減、もういだろう。
──だからもう、放っておいてくれよ。
弱い俺はそう言って、部屋の隅で膝を抱えて目を瞑る。皆んなが好きになってくれた俺の正体なんて、そんなものだ。
でもそれじゃ、ダメなんだ。
だからこそ、俺は告げる。
ごめん
それは他の誰にでも無い。自分自身に向けての言葉。
ごめん。俺はもう、前に進むよ。傷ついて、泣いて、後悔して、そうやって前に進んでも笑顔にしたい人がいる。……だから、ごめんな。ずっと蔑ろにして、悪かった。でももう、逃げ続けるのに……飽きたんだ。
弱い自分にそう告げて、俺は目を見開く。そして自分の想いを、口にする。
「皆んな聞いてくれ、俺はもう決めるよ。今から1週間後、来週の火曜に好きな人に告白する」
「────」
皆んなが驚いたように、目を見開く。まさか俺が、この状況でそんなことを言うなんて思いもしなかったのだろう。でも俺はそんな皆んなに構わず、ただ言葉を続ける。
「本当はさ、今ここで告白するべきなんだと思う。けど……状況が状況だし、俺もまだ風邪でちゃんと喋れない。それに……摩夜と姉さんとのデートの約束も残ってるしな。だからさ、俺の体調が戻って今までの約束を全部果たせたら、ちゃんと誰かを選ぶよ。だからもう少しだけ、待ってくれ」
俺はそう言って、頭を下げる。結局また、逃げてるだけなんじゃないか? そう弱い俺が囁く。……けど、もう迷わない。だってこれが、今できる俺の精一杯だから。
「……お兄さんは、それでいいんスか? その……あたしが言えることじゃ無いっスけど、無理に誰かを選ぶ必要なんて……無いんスよ?」
少し不安そうに、天川さんが俺を見る。
「分かってるよ、天川さん。でも、嫌々だれかを選ぶ訳じゃ無い。好きだから、選ぶんだよ。その想いに偽りは無いよ」
「…………」
天川さんは、少し困ったように黙り込む。そして次に口を開いたのは、芽衣子だ。
「真昼さん、貴方の想い伝わりましたわ。私、感動しました! ……でも、ですから1つだけ、私にもお願いをさせてください!」
「いいよ、なんでも言ってくれ」
「私とも、デートして下さい。ここにいる皆さんとは、デートされたりこれからしたりするんでしょう? だったら私にも、チャンスをください。お願いします、真昼さん!」
芽衣子は真っ直ぐに頭を下げる。でもそんな事をされなくても、俺の返す言葉は決まっている。
「いいよ、芽衣子。都合よく今週は3連休だしな」
「やった! じゃあ、じゃあ、私……楽しみにしてますわね!」
芽衣子は本当に嬉しそうに、ガッツポーズをする。そして次に、場をまとめるように姉さんが口を開く。
「うん。分かったよ、真昼の想いはちゃーんと私に、届いたよ。風邪引いてるのに無理させて、ごめんね? でもようやく真昼が選んでくれるのなら、私から言うことは無いよ。……皆んなだってそうだよね? ……それじゃもう行こっか? 私たちもお夕飯を食べないといけないし、真昼の風邪が移っちゃって真昼の告白が延期しちゃうのも嫌だしね」
姉さんは優しく笑って、部屋から出て行く。芽衣子と天川さんも、その後に続く。けど桃花は一瞬こちらを見て、
「君は、バカだね」
そう小さくこぼして、3人の後を追う。そして最後に摩夜は、
「お兄ちゃん。ありがとう。私も愛してる」
とびっきりの笑顔でそう告げて、部屋を出る。残された俺は、軽く息を吐いてベッドに倒れ込む。
「…………」
まだ心臓がドキドキしている。でも俺はもう、逃げない。その場限りの誤魔化しで、自分から逃げ続けるのはもう辞めだ。
目を瞑る。週末はデートの約束がある。だから早く風邪を治して、元気になろう。
ゆっくりと近づいてくる眠気は、とても安らかなものだった。
◇
夜。真昼の家に泊まった
「真昼さんとのデート、楽しみですわ。どこに連れて行ってあげましょう? お弁当とか、作った方がいいんでしょうか? ……あ、この前買ったスカートを履いて行きましょう。真昼さん、ちょっと意識してるみたいでしたし……」
デートのことを考えると、芽衣子の胸は幸せでいっぱいになる。楽しみで楽しみで、それだけしか考えられないくらいに。
「……下着とかも、新しいのを買った方がいいんでしょうか? ……いや、もちろん付き合ってもいないのに、そういうことをするつもりはありませんけど……。でも……ちらっと見えることもあるでしょうし、変なのだったら笑われてしまいますわ」
芽衣子はまるで遠足前の子供のように、これからのことに想いを馳せる。
「もし真昼さんが、他の人を選ぼうと思っていても大丈夫。私なら絶対、彼を振り向かせられます。頑張りなさい、芽白 芽衣子。ここが正念場ですわよ」
芽衣子はあくまで真っ直ぐに、真昼を想い続ける。そして夜が更けて眠り着くまで、彼女は楽しいことだけを考え続けた。
◇
「……お兄さん。大丈夫っスよね? ちゃんとあたしを、選んでくれるっスよね?」
三月は不安だった。もう自分の番のデートも終わってしまって、これから自分にできることは少ない。だからどうしても、彼女は不安に思ってしまう。
もしお兄さんが、他の人を選んだらどうしよう?
「…………」
そう考えるだけで、胸が痛い。想像するだけで、涙が溢れる。真昼が自分以外の女にあの優しい笑顔を向けて、自分には一線引いた他人に向けるような笑顔しか、見せてくれなくなる。
あんなに楽しかったデートも、もう2度とできないかもしれない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「……耐えられない。そんなの絶対、耐えられ無いっス……」
真昼は自分を選んでくれる……と思う。けどもしそうじゃなかったら、別の女を選んだら、神さまが居なくなっちゃう……。
「いや、大丈夫に決まってるっス。……けど、もしお兄さんがあたしを選んでくれなかったら、その時は……お兄さんにあたしの部屋に来てもらえばいいんス。それでお兄さんがあたしを好きになってくれるまで、何度も何度も何度も、あたしを味わってもらえばきっと……大丈夫っス……!」
三月はもう一度、想いを馳せる。真昼が自分を選んでくれた時と、他の女を選んだ時。その両方を思い浮かべる。
「大丈夫。どっちを選んでも、結局お兄さんはあたしのものっス」
三月はそう安堵するように息を吐いて、静かに眠りについた。
◇
そして
「……今日の真昼は、いつもと違う表情だった……」
最後の真昼のあの言葉、あれを言った時の真昼からは、いつもの重い苦悩を感じなかった。
「……愛おしい。ああいう真昼も、凄く可愛い。……でも……」
自分の好きな真昼は、優しいだけの真昼じゃ無い。心の奥底にどうしようもない弱さを抱えている真昼だからこそ、彼の表情は自分の胸の奥をくすぐる。
「あと1週間、それで真昼は誰かを選ぶ。……ボクだったらいいなぁ。……でももしボクじゃ無かったら、残念だけど真昼……ボクはもう我慢できそうに無いよ……」
三月と違い、桃花に不安は無い。彼女は初めから覚悟している。自分が選ばれないことを、或いは真昼が誰も選ばないことを。
「……ふふっ、真昼。君のことは、誰よりも1番ボクが理解している。だから、大丈夫だよ? 君がどんな答えを選ぼうと、最後にボクが君を幸せにしてあげるから……」
月明かりが桃花の顔を照らす。今まで誰にも見せた事の無い桃花の本心を、静かな月明かりがただ照らす。
「もしもの為に、首輪を用意しておかないといけないね。……いや、真昼はもうずっとボクの部屋で生きていけばいいんだから、もっと色々と準備が必要だ。……ふふっ、楽しみだ。あの可愛い真昼の顔を、ずっと永遠にボクだけが独占できる。……くふっ、朝音さんや摩夜くんなんて目じゃ無いくらい、とっても気持ちよく虐めてあげるよ。……だから真昼、もうボクを……許さなくてもいいよ……」
桃花は月よりも煌々とした瞳で、ただ笑う。ゆっくりと夜が更けていっても、彼女はただ笑い続けた。
◇
「……お兄ちゃん…………」
誕生日プレゼントに真昼がくれたオルゴール。鳴らなかった不良品じゃ無い、真昼が次の日に渡してくれた新しいオルゴール。摩夜はそれを、愛おしそうに眺める。
「お兄ちゃん。ようやく私に、告白してくれるんだ……。楽しみだなぁ。嬉しいなぁ。早くお兄ちゃんの告白を聞いて、お兄ちゃんにキスしたい」
オルゴールの綺麗な音が、ただ部屋に響く。摩夜はそれを聴いて、蕩けるような笑みを浮かべる。
「火曜に告白って事は、その日にもしかしたら……しちゃうのかも……。私もお兄ちゃんも初めてだし、いろいろ準備しておいた方がいいのかな……。ううん。そういうのは、男のお兄ちゃんに任せた方が、きっとお兄ちゃんも嬉しいよね」
摩夜は想像する。1週間後、そこのベッドで真昼と1つになる。それを想像するだけで、どうしようもない笑みを抑えられなくなる。
「……もうこれからは、私だけのお兄ちゃんだ。もうずっと永遠に私だけがお兄ちゃんと、愛し合える。私がお兄ちゃんを守って、お兄ちゃんが私を守ってくれる。……ふふっ、幸せだなぁ」
そこで不意に、オルゴールの音が止まる。でも摩夜は気にしない。静かになった部屋で、摩夜はただ笑い続ける。
「お兄ちゃん。……愛してるよ」
摩夜は最後にそう呟いて、オルゴールにキスをする。そしてベッドに飛び込んで、これからのことを夢想する。
「ふふっ」
楽しい楽しい想像に抱かれながら、摩夜はゆっくりと眠りについた。
◇
そして、
「皆んなバカで、本当に助かるよ……。全部が全部、私の思い通りに進んでるのに……誰もそれに気づきもしない。……ふふっ」
誰も、気づいてはいない。三月が真昼にあんな問いかけをしたのは、朝音が三月の心が不安定になるような事を言ったからだ。そして真昼があんな答えを出したのも、朝音がつけたキスマークのせいで、場に不穏な空気が流れていたからだ。
全ては、朝音の想定通りに進んでいた。
「後は今度のデートで、仕上げだね。そこで真昼は絶対に私を好きになる。真昼は今でも私が大好きだけど、もっともっともっと私だけを大好きになる。……そして真昼は私に告白して、それからずっとずっと一緒……」
これからのことを考えると、朝音はどうしても笑みを浮かべてしまう。今まで我慢してきた分、真昼にいっぱい甘えたい。そして真昼にもいっぱい甘えてもらって、それがずっとずっと続く。
「真昼、どんな風に喜んでくれるのかなぁ。きっとすっごく嬉しそうに、『姉さん、大好き!』とか言ってくれるんだろうなぁ」
朝音はずっと手に握っていた紙を、大切そうに机の中にしまって、ゆっくりとベッドに寝転がる。
「……ふふっ、早く真昼に触れたいなぁ。……でももうちょっとだけ、お預けだね。待っててね、真昼」
そして朝音は静かに眠りにつく。ただ一途に、真昼を想いながら。
そうして、楽しいお見舞いは終わりを告げ、長い長い1週間が始まる。
真昼が誰に告白し、どんな結末を迎えるのか。まだ誰も、その答えを知らない。
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