終わりですか?

 


「おにーいちゃん! お粥……って、寝ちゃってるのか、お兄ちゃん……」


 3人の少女が訪れる少し前の時間。お粥を持ってきた摩夜が真昼の部屋に入ってくる……けど、真昼は既に眠ってしまっていた。


「真昼、眠っちゃってる。……可愛い。……お姉ちゃんが、添い寝してあげよっかなぁ」


 遅れて部屋に入ってきた朝音が、蕩けるような笑顔で真昼の寝顔を見つめる。


「……姉さん。そんな真似、私が許すと思う? 姉さんがそんなことばっかりするから、お兄ちゃんは疲れて風邪引いちゃったんだよ? 分かってる?」


「まさか。真昼が私のことを嫌がるなんて、あり得ないよ。私の柔かーい身体で包んであげれば、真昼も絶対に喜ぶよ」


「それで喜んでるのは、姉さんだけ。お兄ちゃんはいつも我慢して、辛い思いをしてるんだよ。……だから私が、守ってあげないと……」


「でも摩夜ちゃんだって昨日、お風呂で無理に真昼に迫ってたじゃん。私が行かなかったらあの後どうなってたか……。想像するだけで……恐ろしいよ」


 朝音はニヤッとした笑みで、摩夜を見つめる。対する摩夜は、凍えるような冷たい瞳で朝音を睨みつける。


「私は姉さんや他の女に傷つけられたお兄ちゃんを、癒してあげようとしただけ。私だったら、お兄ちゃんも安心できるに決まってるもん。……それをね、姉さんが邪魔したんだよ? 分かってる?」


「ふふっ。でも真昼は昨日、私にキスしてくれたよ? ……美味しかったなぁ。可愛かったなぁ。真昼のキス。……摩夜ちゃんにした時よりも絶対、私にした時の方が心がこもってたよ。あんないいものを貰っちゃったら、私もお返し……してあげたくなるなぁ」


「お兄ちゃんは絶対に、私の方にだけキスしたかったんだよ。でも姉さんがうるさいから、気を遣ってくれたんだよ。……お兄ちゃんは、優しいな。本当に優しいよ。……でも、あんまり無理はしないで欲しいな。辛い時は、私に甘えて欲しい」


 摩夜は優しい瞳で、真昼の寝顔を見つめる。朝音もそんな摩夜に倣うように、真昼に視線を向ける。


「……というか摩夜ちゃん、学校は?」


「もう休むって、連絡入れた」


「ふふっ、摩夜ちゃんも抜かりがないね。……それで? これからどうするつもり?」


「お兄ちゃんの側にいる。ずっと私が側にいて、お兄ちゃんを守ってあげるの。姉さんや他の女に、お兄ちゃんを傷つけさせないように」


 摩夜の言葉を聞いて、朝音は軽く息を吐く。摩夜も徐々に、自分に似てきてしまったな、と。……ただそれでも、朝音はやっぱり笑みを浮かべる。彼女の笑みは、その程度では崩れない。


「……じゃあ摩夜ちゃんさ、昨日の続き……しない?」


「…………昨日の続き? ……それって……姉さん、何をするつもり?」


「何って、だから昨日の続きだよ。昨日は結局、真昼は選んでくれなかったでしょ? だから今から、その続きをやるんだよ。寝てる真昼を裸でぎゅってしてあげて、真昼が目を覚ましたら、どっちの身体が気持ちいいのか訊くの。それなら多分、真昼も私を選んでくれるよ」


 摩夜は朝音の言葉を聞いて、色の抜けた冷たい表情で朝音を睨みつける。


「姉さん、バカなの? そんな真似をして、もし私たちに風邪が移りでもしたら、1番悲しむのはお兄ちゃんなんだよ? 姉さんはそんなことも、分からないの?」


「ふふっ、大丈夫だよ。私は真昼に貰えるものなら、それがたとえ風邪だって嬉しいし……それにもし真昼がそれを悲しむんだとしても、その時は私が……真昼を癒してあげればいいんだよ」


「本当にバカだね、姉さんは。……姉さんは結局、自分が気持ちよくなることしか考えてない。……お兄ちゃんの気持ちなんて、考えてないんだよ」


「……でも風邪を引いたら、誰だって心細くなるよね? だから私はね、出来る限り真昼の側にいてあげたいんだよ。摩夜ちゃんは……そうじゃないの?」


「…………」


 朝音に真っ直ぐに見つめられ、摩夜は黙って思案する。このまま放っておいても、どうせ朝音は無理に真昼に迫るだろう。無論、摩夜ならそれを、力づくで止めることはできる。けどそんな風に騒いだりしたら、真昼が目を覚ましてしまうだろう。


 ……なら、どうするのが1番真昼の為になるのか。摩夜はそれを考える。


「…………まあ、摩夜ちゃんが嫌だっていうなら、別にいいよ? 私は1人でも、真昼の側に居てあげるから……」


 そう言いながら、朝音は服を脱ぎ出す。そして瞬く間に裸になって、摩夜を無視して真昼のベッドに潜り込む。


 そんな朝音の姿を見て、摩夜は諦めたように大きく息を吐く。



 このままお兄ちゃんを、姉さんの好きにはさせられない。



 なら……。



「……分かったよ。今は姉さんの策に乗ってあげる」


 摩夜はそう呟いて、一枚一枚丁寧に服を脱いで、ドキドキする心臓を押さえつけながら、真昼のベッドに潜り込む。


「……お兄ちゃん。温かい……」


「真昼の身体、温かくて気持ちいいよね。……心臓が凄くドキドキする。ずっと触れてたい。……最高だよ……」


「……姉さん。あんまり喋ると、お兄ちゃんが起きるでしょ?」


「ふふっ、分かった。……じゃあ黙って、真昼の身体を味わうことにするよ……」


「お兄ちゃんに変なことしたら、たとえ姉さんでも絶対に許さないから」


「……分かってるって」


 そうして2人は、裸のまま優しく真昼を抱きしめる。



 持ってきたお粥が完全に冷めて、ドキドキとうるさい心臓が落ち着く頃、2人はゆっくりと眠りに落ちる。



 そして3人少女が現れるまで、2人は静かに眠り続けた。



 ◇



「な、何をやってるんスか!」


 そんな叫び声が響いて、2人の少女はゆっくりと目を覚ます。


「…………うるさいなー。せっかく真昼と気持ちよく寝てたのに……。………………って、なんだ。やっと来たんだね、皆んな。でも、残念。ちょっとだけ、遅かったね……?」


 朝音はさも自分には全てが分かっていると言うように、そう言葉を告げる。……けど、朝音も流石にこの状況を完全に予測していた訳では無い。しかしそれでも、彼女はある程度、想像はしていた。


 真昼が風邪を引いたら、他の女はどう動くのだろうか? それくらいのことなら、朝音は手に取るように分かる。ならこの状況も、彼女の想像を超えたものでは無い。


 だから朝音は、ただ勝ち誇ったように余裕の笑みを浮かべ続ける。全ては自分の手の内だと、彼女は笑い続ける。



  「…………朝音さん。それに、摩夜くんも君たちは一体……何をしてるんだい? 眠っている真昼に……は、裸で抱きついて、おかしいとは思わないのか……」


 流石の桃花も動揺を隠せないのか、唖然とした表情で2人の姿を眺める。


「そ、そうっスよ! いくら家族だからって、裸で抱きつくなんておかしいっス! 恥ずかしく無いんスか! ……それに遅かったって、なんスか! ……2人は家族なのに、もしかしてお兄さんと……。許せないっス! いくら摩夜でも、風邪で弱ってるお兄さんにそんなことしたって言うなら、絶対に許さないっス!」


 三月はぎゅっと強く手を握りしめて、摩夜と朝音に怒鳴りつける。けれど摩夜は、ただ淡々と冷たい声で言葉を返す。


「…………三月。あんまり大声、出さないでよ。お兄ちゃんが起きちゃう」


「……なっ……!」


 あまりに淡々とした摩夜の言葉に、三月は目を見開く。眠っていて目が覚めたら、家に3人の女が上がり込んでいた。なのに摩夜には、一切の動揺が無い。……いや、もう映っていないだけなのだろう。摩夜の目にはもう、真昼しか映っていない。


「そうそう。私たち家族が家の中で何をしても、貴女たちには関係無いよね? ……って、あれ? なんか後ろに、見たこと無い子が居るね。そっちの金髪の子は、誰かな?」


 朝音のニヤリと歪んだ瞳に見つめられ、芽衣子は動揺するように一歩後ずさる。


「…………」


 彼女はもう、事態についていけてない。眠っている真昼に、絡みつく2人の女。その姿を見てから、彼女はもう何も考えられなくなっていた。


 他の2人は、ある程度嫌な予感を感じてこの場所に来た。しかし芽衣子は、純粋に真昼のお見舞いをしに来ただけだ。だから彼女は、想像もしていなかった。真昼に裸の女が、抱きついている姿なんて……。


 だから芽衣子は動けない。ただ唖然と、小さな言葉をこぼすことしか、彼女にはできない。



「…………どういうこと……ですの?」


 そんな芽衣子の呟きに、朝音はやっぱり笑みを返す。


「なんだ。普通の女の子みたいだね。普通に真昼のことが気になってる、ただの女の子。……なら君はもう、帰っていいよ? 真昼のお見舞い、ありがとうね」


 冷たくそう言い捨てられ、芽衣子は力が抜けるようにその場に座り込む。言葉の意味が、分からなかった。今何が起きているのか、彼女には全く理解できない。


 そんな芽衣子に、桃花は哀れみの視線を送る。けどやはり、声はかけない。だって桃花にとって大切なのは、芽衣子では無く真昼だから。


「……朝音さん。摩夜くん。とりあえず、服を着てくれ。もし今、真昼が目を覚ましたら、大変なことになってしまう。だから……」



 早く。そう言葉を言い切る前に、ふと声が響いた。







「…………なんだよ、これ」



 眠っていた真昼が、ついに目を覚ましてしまった。ぼんやりとした瞳で、頭痛を抑えるように頭に手を当てて、彼は驚愕するようにそう言葉をこぼす。



 裸で抱きついている、朝音と摩夜。怒りと驚愕に染まった三月と桃花。そして、唖然とした表情で座り込む芽衣子。



 目を覚ますと、そんな事態の真っ只中にいて、真昼はもう何も考えられない。




 しかしそれでも、お見舞いは終わらない。楽しい楽しいお見舞いは、まだまだ続く。


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