同級生はどうですか?

 


「…………なんで、誰も居ないんだ……?」


 放課後。芽衣子に言われた通りに、体育館を訪れた。……けれど、普段は運動系の部活で賑わっている筈の体育館は、人っ子ひとり居ないもぬけの殻だった。



 ……いや、



 体育館の中央で、偉そうに腕を組んでいる少女が1人。……俺は軽くため息を吐いてから、その少女の方に歩み寄る。


「おい、芽衣子。どうしたんだよ? この体育館。……これまさか、お前がやったのか?」


 芽衣子はそんな俺の言葉を聞いて、おーっほっほっほ! と、嘘くさい笑い声を返す。


「来ましたわね? 真昼さん。そして着ますわよね? この女バスのユニフォーム!」


「着ねーよ。つーか、そんな話はしてない。それより、この体育館どうしたんだって、聞いてんの」


「……あら? 貴方は意外と、人の話を聞かれませんわね」


「……そりゃ、お前の方だ」


 俺は呆れたような視線を芽衣子に向けるけど、芽衣子もそんな俺に呆れたような視線を返す。


「今日のホームルームで、先生言ってらしたでしょ? 運動部の方々は、体育祭の準備をするからグラウンドに集まれって」


「…………そうだっけ?」


 言われてみると、そんなことを言っていた気もする。どうやら人の話を聞かないのは、俺の方だったらしい。……いやでもだったら、


「芽衣子。じゃあなんでお前だけ、ここに居んの?」


 それが分からない。


「私は貴方を説得する係として、この場に配置されて居るのですわ!」


「いや、そりゃちょっと不味くねーか? 運動系の部活でそういう自分勝手なことばっかりやってると、ハブられちまうぞ? ……先輩たちだって、あまりいい顔はしないだろうしな……」


 芽衣子以外の女バスの人間は知らないけど、こんな風に自分勝手な行動ばかりされたら、そりゃ……。


「その辺は問題ありませんわ! 今日は真昼さんと大切な約束がありますの! と言ったら、皆さん笑顔で私の背中を押してくださいましたもの」


「……ほんとかよ?」


「もちろんですわ! 頑張ってとか、あとで話を聞かせてとか、皆さんきゃーきゃー言いながら、私を応援してくださいましたわ」


「…………それは……」


 それはちょっと、誤解されてないか? ……いやでもそういや、芽衣子は昔から人に好かれやすい奴だし、あまり気にしなくてもいいのかな?


「というわけで、女バスのユニフォームを……」


「着ない」


「……のでしたら、私と1on1しませんか?」


 そう言って芽衣子は、バスケットボールを投げよこす。


「……俺はもう、1年以上もまともにバスケなんてやって無いんだぞ? 今お前とやっても、勝負にならねーよ」


「では賭けをしましょうか。私が負けたら、私のユニフォームを差し上げますわ」


「人の話を聞け。……つーか、お前のユニフォームなんて要らねーよ」


「あら? でしたらあれですわね。……私が勝ったら、貴方の悩みを聞かせてもらう。……それなら、文句はないでしょう?」


 芽衣子はこっちを見て、ふふふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。俺は不覚にも、芽衣子のその言葉に驚きの顔を浮かべてしまう。


「……お前、俺の悩みなんて聞いて……どうするつもりだよ?」


「何を当たり前のことを仰るのです、貴方は。 悩みを抱えている友人の力になりたいと思うのは、当然のことではないですか」


「……いや……」


 そこで俺は思わず、笑ってしまう。芽衣子はバカだけど、相変わらずいい奴で少し安心した。……こいつは、変わらないでいてくれるんだな、と。


「もちろん、やりますわよね?」


「……分かったよ、付き合ってやるよ。その代わり俺が勝ったら、ジュースでも奢れよ?」


「望むところですわ!」


 そうして、俺は久しぶりに本気で汗を流した。



 ◇



 結論から言うと、俺は負けた。5本先取で、3-5で俺の負け。まあ、久しぶりなのに頑張った方だと思うけど……負けは負けだ。


「おーっほっほっほ! 私の勝ちですわ!」


 ……まあ、あのちょっとムカつく高笑いを見ていると、もう1回! と言いたくなるけど、そこは我慢。これ以上やると、明日筋肉痛になってしまう。


「…………俺の負けだよ、芽衣子。お前、上手くなってるよ。……頑張ってるな」


「そ、そうですか? それは、その……。あ、いえ、その通りですわ! サボっている貴方と違って、私は日々の修練を欠かしてませんから!」


「そりゃ何よりで……。んじゃ、もう帰るか」


「何を言っているのですか? 貴方は。……約束したでしょう? 私が勝ったら、貴方の悩みを聞かせてもらうと」


「……覚えてたか」


 俺は軽く苦笑して、その場に座り込む。そして、どう話したものかと考える。……流石に、姉さんと摩夜と血が繋がってなかった、なんて話はできない。でもだからって、妹と姉から異性として好意を寄せられている、とも言えないだろう。


 ……なら、



「…………ちょっとさ、最近モテるんだよ」


「はい?」


 俺の言葉を聞いて、芽衣子はこいつ何言ってんだ? みたいな目で俺を見てくる。


「バカみたいな話だろ? でもさ、本当なんだよ。俺は……俺を好いてくれる皆んなの想いに、どうすれば応えられるんだろうって、そんなことで頭を悩ませてるんだよ」


「…………」


 芽衣子は唖然とした目で、俺を見る。……けど、それは一瞬。芽衣子はすぐにいつも通りの笑みを浮かべて、いつも通りに言葉を告げる。


「贅沢なことで、悩んでますわね。……いやでも貴方、昔からモテましたからね。その歳になってようやく、鈍感が治ったということかしら」


「……で? 芽衣子先生からのアドバイス、何かありますか?」


 俺のふざけたような問いに、芽衣子は腕を組んで本気で頭を悩ましてくれる。


「……私、前から思っていたのですけど……恋愛相談って、バカみたいだと思いません?」


「いやお前、凄いこと言うな……」


「別に、凄くなんてありませんわ。恋愛なんて好きになったら好きになって、嫌いになったら嫌いになるだけのものでしょう? 一体どこに、悩む必要があるのかしら」


「────」


 返せる言葉が、無かった。というか、そんなに簡単じゃないから、みんな悩んでいる筈なのに……いや、芽衣子はそれを簡単にできるから、凄いのか。


「どうかしました? そんなに、唖然として」


「いや、お前の言う通りだなっと思ってな。……無理に誰かを好きになって、無理に誰かを選んでも、意味なんて無いよな。結局、誰かを好きにならないと始まらないし、誰かを好きになれば、それで終わるものなんだから」


 ぐだぐだ考えても、何の答えも浮かんでこない。そんなことは初めから分かっていた筈なのに、色々あったからか、そんな簡単なことすら忘れてしまっていた。


「……少しは力になれましたか?」


「ああ、ありがとな。……んじゃもう、帰るか。帰りにジュースくらい奢ってやるぞ?」


「あら、いいんですの?」


「お礼だよ、お礼。お前のお陰で、少しは気が晴れたからな」


 そう言って、俺は立ち上がる。芽衣子はそんな俺に、優しげな笑みを向ける。


「ふふっ、やっと貴方らしい顔になりましたわね。私、安心しましたわ」


「うるせーよ。……じゃあ行くか」


「ええ。……あ、いえ、私は着替えてから行きますから、貴方は先に校門の方で待っていてください」


「りょーかい」


 そう返事をして、校門に向かう。その道中、軽くグラウンドの方に視線を向けると、確かに多くの人たちが体育祭の準備に精を出していた。


「頑張ってるな、皆んな」


 うちの学園は、一応進学校だから体育祭にそこまで力を入れてない。……けど、それでも皆、楽しそうに準備をしている。


「……確か、今週末だったな。完全に忘れてた」


 まあしかし、あまり俺には関係の無いイベントだ。そこまで頑張る理由も無いし、その必要も無い。だからまあ、程々に頑張ろう。そう結論づけて、校門前に足を向ける。


「……そうだ。摩夜か姉さんに、ちょっとだけ遅くなるって連絡しておくか」


 2人はいつも通り、俺を待っていてくれている筈だ。なら、あまり待たせるのも悪いだろう。そう考えて、ポケットからスマホを取り出す。……けど、それを遮るように、ふと声が響いた。







「やあ、真昼。ちょっとボクに付き合って欲しいのだけれど……いいよね?」



 そう言って、会長はニヤリと笑った。

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