皆んな、それでいいの?

 


「皆んな、わざわざ集まって貰って悪いね。実は今日はね……真昼のことで、大切な話があるんだよ」


 そんな笹谷ささたに 朝音あさねの言葉を聞いて、1番最初に口を開いたのは妹の笹谷ささたに 摩夜まやだった。


「……姉さん。どうせまた、何か企んでいるんでしょうけど……無駄だよ? お兄ちゃんは私が守ってあげるって、もう決めたんだから。だからもう、姉さんのくだらない策略には……乗らない」


「そうっスよ? お姉さん。本当は貴女みたいに狂った人は、お兄さんの側にいるべきじゃないんス。……昨日のあのキス。あたしはまだ……許してないんスよ?」


 摩夜に続いて、天川あまかわ 三月みつきも鋭い視線を朝音に向ける。


「2人とも怖い顔して……可愛く無いなー。そんな顔を真昼に見せたら、すぐにでも嫌われちゃうんじゃないの? ……ふふっ。写真に撮って、真昼に送ってあげよっか?」


「…………」


「…………」


 2人は先程よりきつい視線で、朝音を睨む。しかし当の朝音は気にした風もなく、ニヤニヤとした笑みを2人に返す。


「……朝音さん。貴女はボクたちに喧嘩を売る為に、この場所に呼び出したんですか? それだったらボクはもう、帰りたいんですけど……」


 久遠寺くおんじ 桃花とうかはそう言って、凍えるような冷たい視線で朝音を見る。


「そんなわけないでしょ? 桃花ちゃん。私だってできることなら、貴女たちみたいな女と関わるより、1秒でも早く真昼とイチャイチャしたいよ。でも言ったでしょ? 今日はね、大切な話が……あるんだよ」


 朝音は爛々と狂った瞳で、3人を見つめる。


「…………」


「…………」


「…………」


 3人はその瞳を見て、黙って朝音の言葉を待つ。こんな所で言い合いをするのは、3人も望むところでは無い。だから出来るだけ早く話を終わらせて、1秒でも早く真昼に会いに行こう。そう考えて、3人は反論の言葉を飲み込んだ。


「聞く気になってくれたみたいだね? ……じゃあね、1番初めに1番重要なことを言うけど……私が真昼と付き合うことにしたから、貴女たち……真昼を諦めてくれない?」


「……は?」


 3人は、殺意すら孕んだ瞳で朝音を睨む。これ以上つまらないことを言うようなら、今すぐにでもその口を塞いでやると、3人は本気の視線で朝音を睨む。


「…………ブサイクな顔だな〜、3人とも。女の子がする顔じゃ無いよ?」


 しかしそれでも、朝音の笑みは崩れない。


「姉さん。……そんなつまらない戯言を言う為に、私たちを呼び出したの? ……それならもう、私は帰るよ?」


「……そうだね。摩夜くんの言う通りだ。朝音さん……貴女、自分が最年長だからって少し調子に乗ってやしないかい?」


「そうっス。お姉さんみたいに狂ったおばさんなんて、きっとお兄さんも嫌がるに決まってるっス」


 3人はこんな戯言には付き合ってられないとばかりに、腰をあげる。……しかし、それは朝音の次の一言によって縫い止められる。



「真昼がさ、昨日……泣いてたんだよ」



 三月と桃花は、驚愕に見開かれた目で朝音を見る。しかし摩夜だけは……昨日のことを思い出したのか、少し気まずそうに視線をそらす。


「それ、どういうことっスか。お兄さんが泣くなんて、よっぽどのことっスよ」


「……そうだよ。真昼の泣き顔なんて、そんな……そんな尊いものを見ていいのは、ボクだけの筈なのに……。一体なにがあったっていうんです? 朝音さん」


 2人は立ち上がったまま、鋭い視線で朝音を睨む。対する朝音は、余裕そうな笑みを浮かべたままコーヒーを一口飲んで、言葉を続ける。


「……私はね、別にいいって思ってたんだよ。貴女たちみたいな女がいくら言い寄っても、どうせ真昼は私を選ぶから。……でもね、それでも真昼は……辛いみたいなんだよ。……昨日は、摩夜ちゃんが余計な事を言ったからってのもあるんだろうけど、それでも真昼はやっぱり……疲れてるんだよ。だからね、貴女たちはもう要らないの。……分かるでしょ?」


 朝音は色の抜けたゴミを見るような目で、3人を見る。しかしそれでも、3人は折れない。


「分かってないのは、姉さんの方よ。お兄ちゃんが1番嫌がってるのは、姉さんなんだよ? 昨日のキスも、首筋のキスマークも、姉さんが1人で勝手に勘違いしてお兄ちゃんに迫るから、お兄ちゃんが困るんだよ? 分かってる?」


「そうっス。昨日のお兄さんの、あの疲れたような顔。あれはお姉さんがいきなり……あんなキスをしたからじゃないっスか」

 

「……朝音さん。貴女の勝手な言い分をボクたちが聞き入れると、本気で思ってるんですか?」


 3人の敵意が、真っ直ぐに朝音に突き刺さる。しかしそれでも、朝音の笑みは崩れない。


「私がね、本気を出せば……簡単なことなんだよ? 桃花ちゃんに、学校を辞めてもらうのも。三月ちゃんを、遠くに引越しさせるのも。摩夜ちゃんを、どこか遠い親戚に引き取らせるのも。私がその気になれば、それくらい簡単にできるんだよ? ……でもね、それをしたら真昼が悲しむんだよ。私にはそれが分かっているから、仕方なく今の状況を許してあげてるんだよ? ……分かってる?」


 朝音のその言葉を聞いて、3人は少し言い澱む。3人は知っているからだ。朝音なら、それくらい簡単にできてしまうと。



 ……しかし、それでも3人は止まらない。もうそれくらいで止まってしまうほど、3人の狂気も甘くは無い。


「…………分かって無いのは、姉さんの方よ。たとえ姉さんがどんなことをしたとしても、お兄ちゃんは私が守る。だってお兄ちゃんに1番必要なのは、私なんだもん」


 摩夜は折れない。摩夜の狂気は、もうその程度では抑えられない。


「摩夜ちゃんは相変わらず、強気だね。……それで? 他の2人はどうなの?」


 朝音に視線を向けられ、先ずは桃花が口を開く。


「……くふっ。朝音さん、ボクはもう貴女なんて怖くは無いんだ。もうそれよりもずっと大切な想いが、ボクの胸に詰まっているから。……だからね? 朝音さん。ボクを脅したって、無駄ですよ?」


 桃花は真っ直ぐに、朝音を睨む。もう自分は折れないと、そう胸を張るように桃花は朝音を睨みつける。そして三月もすぐに、2人と同じように強く狂った瞳で、朝音に視線を向ける。


「お姉さん。貴女だけじゃ無いんスよ? 相手を好きにできるのは……。あたしだってその気になれば、なんだって……そう、なんだって……できるんスよ?」


「…………」


 3人の視線を受けても、朝音は笑う。全ては自分の思い通りに進んでいると、心の中で飛び切りの笑みを浮かべる。


「……じゃあさ、仕方ないから折衷案を出してあげるよ」


 朝音はニヤリと笑って、3人を見る。


「…………」


「…………」


「…………」


 3人は訝しみながらも、朝音の言葉を黙って待つ。そして朝音は、そんな3人が目を見開いて驚くような言葉を、簡単なことのように口にする。



「────」



 朝音の言葉を聞いて、3人は驚愕に目を見開く。


「…………姉さん、それ本気で言ってるの?」


 驚きを隠せないというように、摩夜は朝音の顔を見る。


「こんなつまらない冗談を、私が言うわけないでしょ? それに……私は何度も言ってきた筈だよ。貴女たちがなにをしようと、真昼は私を選ぶんだって。だからね、これは私の優しさなんだよ。こうすれば貴女たちも真昼を諦められるし、真昼もこれ以上、醜い言い争いを見ないで済む。……どう? いいこと尽くめだと思わない?」


 朝音の言葉を聞いて、3人は少し黙り込む。一見、朝音の提案は誰にとっても悪いものではない。……そう、当の真昼にとっても、悪いものではないのだ。


「…………」


「…………」


「…………」


 しかし、と3人は考える。これは、あの朝音の提案だ。なら必ず、朝音にとって都合の良い部分がある筈だ。そう思い3人は頭を悩ます。……けれど、どれだけ考えてもその答えは出てこない。


「気に入らないって言うんだったら、別にいいんだよ? 自分はそれでも好きにするって言うんなら、私はそれでも構わない。……でもね? それで1番傷つくのは他でもない……真昼なんだよ? 分かってる?」


 朝音の狂気が、3人に溶け込む。他の全てを飲み込んで、ただ1人の人間を愛そうとする朝音の狂気は、この3人から見ても異質のものだ。


「…………分かったわ、姉さん。でもね、姉さんがなにを考えているのかなんて知らなけど、1つだけ言わせて貰う。…… もうお兄ちゃんは私のものなの。だから貴女が何をしても、無駄なんだよ?」


「あたしも、この場では特に異論は無いっス。……でも、あたしに都合が悪くなったら、こんな約束いつでも無視するっス。貴女たちと分かり合える部分は、お兄さんを傷つけたくないっていう、一点だけっスから」


「ふふっ。いいよ、それで。……桃花ちゃんは? 桃花ちゃんも、これで納得してくれるよね?」


 朝音は、試すような視線を桃花に向ける。桃花はそれに、凍えるような冷たい瞳で答えを返す。


「…………2つ条件がある。皆が約束を守っている間は、誰も真昼に……キス以上のことはしない。……それと、1番初めはこのボクだ。その2つの条件を飲んでくれるのであれば、ボクは朝音さんの提案を飲んでもいい」


「…………いいよ、桃花ちゃん。それくらい私は構わない。 どうせすぐにでも、真昼は私を選んでくれる。……だから楽しいことは、全部その後にすればいいんだよ。……2人も別に、構わないよね?」


 2人、摩夜と三月はそう尋ねられ、少し考えるよう目を瞑る。……けど、すぐに納得のいく答えを見つけられたのか、ゆっくりと目を開けて、うん、と頷きを返す。


「では、悪いがボクは行かせてもらうよ。……今から行けば、まだ真昼に会える筈だからね。…………真昼は今日は、体育館でクラスの友人と遊んでいる筈だ。だから今から行けば、まだ真昼に会える……!」


 桃花はそう言い捨てて、早足でカフェから出ていく。摩夜と三月の2人も、それに続くように黙ってカフェを後にする。


 そして残された朝音は、1人笑う。どうしようもない狂気を孕ませた瞳で、裂けるような笑みを浮かべる。








「……ふふっ。皆んなバカで、助かるよ。……待っててね、真昼。もう少し待っててくれたら、私だけを愛せるようにしてあげるから。だからそれまで……バカどもの相手をお願いね?」


 皆の狂気が絡み合いないがら、物語は前へと進んでいく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る