誰と帰りますか?

 


「やあ、真昼。ちょっとボクに付き合って欲しいのだけれど……いいよね?」


 校門前で芽衣子が来るのを待っていると、不意に現れた会長にそう声をかけられる。


「……どうも、会長。…………悪いんですけど、今ちょっと友人を待ってるんで……話があるんでしたら、また今度にしてもらってもいいですか?」


「……嫌だって言ったら、君はどうする?」


「…………いや、そんなことを言われても、ちょっと困るんですけど……」


「……ふふっ。君はまた、そんな可愛い顔をして……! 君は一体、ボクをどうするつもりなんだい?」


 会長はそう言って、獲物を狙う肉食獣のような目で俺を見る。俺はそれを見て、逃げるように一歩後ずさる。


「……会長、何を言ってるのか分からないんですけど……その、申し訳ないんですけど、今日は付き合えないんです。だから──」


「悪いがね、真昼。それは無理なんだよ。今日の真昼は、ボクに付き合うってもう決まっているんだ。だからね、悪いけど……ついて来てもらえるかな?」


「…………」


 言葉が通じない。何を言っても、会長に俺の言葉は届かない。……軽く、息を吐く。分かっていた筈だ。会長の想いも、摩夜や姉さんの想いと同じで、俺の手に負えるようなものではない、と。


「では真昼、行こうか?」


 会長が俺の手を握る。そしてそのまま、どこかに向かって歩き出してしまう。流石にこのまま、ついて行く訳にもいかない。……けど、振り払うこともできない。


 だから俺は、できるだけ真っ直ぐに会長の瞳を見つめて、少しでも分かったもらえるようにと真摯に、言葉を紡ぐ。


「……会長、聞いてください。今日は──」


 無理なんです。という言葉を最後まで言い切る前に、会長が口を開いてしまう。……今の俺では、会長に話を聞いてもらうことすらできない。


「真昼。ボクはね、君を愛している。この世で1番、ボクが君を愛している。……君はね、そんなボクよりも……ただのクラスメイトを優先するのかい?」


「…………」


 そんな風に言われると、どんな言葉を返せばいいのか分からない。だから俺はただ黙って、会長の顔を見つめることしかできない。


「……ふふっ。可愛い顔だね。じゃあ、行こうか?」


 会長が俺の手を引いて、歩き出す。……が、それを遮るように、ふと声が響いた。


「お待たせしましたわ、真昼さん。では……って、あら? 会長さんじゃないですか。……そんな風に真昼さんの手を引いて、どうかされましたの?」


 芽衣子はそう言って、不思議そうにこちらを見る。……助かった、と情けなくもそう思ってしまう。


「やあ、芽衣子くん。ご機嫌よう」


「はあ、ご機嫌よう。会長さん」


「うん。……では、突然で悪いのだけれど、真昼を貰っていくよ? 彼はこれから、ボクと大切な約束があるんだ。……では行こうか? 真昼」


 会長はそう言って、俺の手を引っ張って歩き出す。……けど、流石に今は、それについて行くことはできない。


「会長。その……申し訳ないんですけど、今日は先に芽衣子と約束してるんです。だから……悪いんですけど、また今度にしてもらえませんか?」


「……なるほど。真昼、君は意地が悪いね。…………では、芽衣子くん。悪いのだけれど、今日は真昼を譲ってもらえないかな? ……ボクは……そう、女として真昼と大切な話をしなければならない。だから今は、真昼をボクに譲ってもらえないかい?」


「…………そんな言われ方をすると、少し困りますわね。……その、真昼さんはそれで、よろしいのですか?」


 芽衣子は少し困ったような顔で、俺を見る。俺はそんな芽衣子に、どんな答えを返せばいいのか分からない。だからただ黙って、困ったような顔で芽衣子を見つめ返す。……それしか、できない。


「では行こうか、真昼。あまりゆっくりしていると、楽しい時間が短くなってしまうからね……」


「会長。俺は……」


 俺は、なんなのだろう? 芽衣子が納得したのなら、俺が会長を止める理由があるのだろうか? ……分からない。


 俺は何かを確かめるように、もう一度、芽衣子に視線を向ける。芽衣子はそんな俺の顔を見て……納得したかのように一度頷いて、真っ直ぐに言葉を告げる。


「待ってくださるかしら? 会長さん」


「芽衣子くん。ボクたちは忙しいんだ。……分かるだろ?」


 会長は呆れたような顔で、芽衣子を見る。……けど、芽衣子はそんなの会長の言葉を気にした風も無く、揺るぐことなく会長を見つめ返す。


「分かりませんわ、そんなこと。ですけど、今日は私も真昼さんと大切な用がありますの。……ですから会長さん、貴女は……引っ込んでろ、ですわ!」


「…………」


「…………」


 芽衣子のあまりの言葉に、俺と会長は思わず閉口してしまう。


「……なんとなくですが、分かりましたわ、真昼さん。貴方が言っていたのは、こういうことだったのですね。……どうやら私が思っていたよりもずっと、根の深い問題のようです……」


 芽衣子は納得したかのように、うんうんと1人、頷いている。会長はそんな芽衣子の姿を見て、笑った。本当に楽しそうに、会長は笑う。


「くふっ。ふふふふふふふっ! あははははははははっ! 君は相変わらず、楽しいことを言ってくれるね? 芽衣子くん。分かったよ、分かった。では、少しだけずるい言葉を使わせてもらおう」


 会長はひとしきり笑った後、真っ直ぐに芽衣子を見て告げる。


「ボクはね、この前……真昼に告白したんだよ。そして真昼はまだ、それに返事をしてくれていない。だからね、芽衣子くん。ボクは今からそのことで、真昼と話がしたいんだ。……君はそれでも、ボクの邪魔をするって言うのかい?」


 会長の蕩けるような笑みが、芽衣子を射抜く。芽衣子はその笑みを受けて、俺にどこか心配するような視線を向ける。


 貴方はそれでいいのですか?


 そんな不安そうな芽衣子の瞳を見て、俺は……覚悟を決める。いつまでも、こんな言い合いばかりしていられない。だから、ちゃんと話しあって前に進もう。そう覚悟を決めて、2人を見る。


「ごめん、芽衣子。今日は、会長と話をしなくちゃいけなくなった。だから悪いんだけど、ジュースは明日でもいいか? 明日だったら、好きなだけ奢ってやるからさ」


「……真昼さん。真昼さんはそれで、良いのですね?」


「ああ、俺も会長と話をしておきたい。……でも、お前には悪いことしたな。ほんと、ごめんな、芽衣子」


「謝る必要はありませんわ。私が言いたいことは1つ。明日はもう少し、笑えるようにしてきてください。……いいですわね?」


 芽衣子は真っ直ぐに俺を見る。俺はそれを見て、思わず笑ってしまった。


「ありがとう、芽衣子。……んじゃ、また明日な」


「ええ。さようなら、真昼さん。……それに会長さんも、これで失礼しますわね」


 芽衣子はそう言って軽く頭を下げて、俺と会長に背を向ける。俺たちはただ黙って、その後ろ姿を見送る。


「……ふふっ。では行こうか、真昼」


 会長はニヤリと笑って、俺の手を握って歩き出す。


「……どこに連れて行ってくれるんですか? 会長」


 俺のそんな疑問に、会長は今日1番の飛び切りの笑顔で、答えを返す。











「決まっているだろう? ボクの家だよ」


 会長は爛々と輝く瞳で、俺を見る。俺は……俺は、それでもちゃんと会長の瞳を見つめ返す。芽衣子に迷惑をかけてしまったのに、ここで俺が逃げる訳にはいかないから。



 そうして俺たちは、手を繋いで会長の住むマンションに向かう。




 長い夜が、始まった。

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