弟は知りました!
夜。パーティーの後片付けを終えた俺は、ベッドに寝転がり今日一日を振り返っていた。
「……結局、めちゃくちゃな1日だったな」
どうなるか、不安だった。でも上手くいきそうだなって、そう思った。けどやっぱり……あんな風になってしまった。
「好き、愛してる、か。……やっぱり、簡単じゃ無いよな……」
彼女たちの想いに応えるのは、とても難しいことだ。……特に、姉さんと摩夜は、どうしても家族という認識が強い。……いや、認識というより、家族そのものなのだから、どうしたってそういう目で見るのは憚られる。
「…………」
無意識に唇を抑える。今日の姉さんの、あの激しいキス。それにあの朝の、ついばむような摩夜のキス。家族だと言っておきながら、俺は2人とキスをしてしまった。……ならもう、進むしか無い。皆んなの想いに向き合って、そして俺は……。
ふとそこで、俺の思考を遮るように声が響いた。
「お兄ちゃん。話があるの、いい?」
摩夜はどこか覚悟を決めたような表情で、俺の部屋に踏み入る。俺はそれを見て軽く息を吐いてから、身体を起こしベッドに腰掛ける。
「……どうしたんだ? 摩夜。こんな時間に……」
「……プレゼント。プレゼントを……貰いに来たの……」
摩夜のその言葉を聞いて、俺は思わず視線を逸らす。
「ごめん、摩夜。やっぱりあのオルゴールは、鳴らないんだよ。……明日にでも返品して来て、新しいのを貰ってくるから……それまでちょっと、待っててくれ……」
「ううん、そうじゃ無いの。オルゴールのことは、ちゃんと分かってる。だからね、お兄ちゃん。私が貰いに来たのは……もっと別のプレゼントなんだよ……」
摩夜の爛々とした目が、俺を射抜く。俺はそれに嫌な予感を覚えながらも、その言葉の意味を尋ねる。
「……それは、どういう意味だ?」
「…………お兄ちゃん……」
摩夜はまるで、こっちの声が聞こえていないかのようにそう言って、俺の方に近づいて来る。俺はベッドに腰掛けたまま、ただその姿を眺める。
「……お兄ちゃん。私はね、お兄ちゃんが欲しいの」
「……は?」
言葉の意味が、分からなかった。だから俺の口からは、そんな間抜けな声しか溢れない。
「──ねえ、お兄ちゃん。私を……抱いて?」
摩夜は真っ直ぐに俺を見る。俺が決して目を逸らさないよう、真っ直ぐに俺だけを見る。
「………………摩夜。ふざけてるわけじゃ……無いよな?」
心臓が、早鐘を打つ。でも摩夜は、俺と違い余裕そうな笑みを浮かべて、優しげな声で言葉を続ける。
「……私ね、昔は凄く人見知りだったよね。……いや、今もそうなんだけど、昔はもっと酷かった……」
摩夜は唐突に、そんな言葉を口にする。俺はそれに、どんな言葉を返せばいいのか分からず、ただ黙って摩夜の言葉を聞き続ける。
「でもね、私が1人で居ると、いつもお兄ちゃんが来てくれた。お兄ちゃんは私の手を引いて、色んな所に連れて行ってくれた。……嬉しかったなぁ。お兄ちゃんの手を握っていると、どこに行っても安心できた。私はあの頃から、ずっとずっと、お兄ちゃんが……好きだった」
摩夜はどこか大人びた表情で、俺を見る。それはまるでいつもの摩夜と別人のようで、俺の心臓が、またドクンと跳ねる。
「ねえ、お兄ちゃん。…………朝音姉さんと……したの?」
摩夜は鋭い目つきで、俺の首筋を睨む。俺は無意識に、首筋を手で隠す。
「……摩夜、言葉の意味が……」
「誤魔化さないで、お兄ちゃん。……お兄ちゃんは、姉さんと──」
「……してないよ。……当たり前だろ? 俺たち家族なんだぜ?」
「じゃあ、その首筋のキスマークはなんなの?」
「…………」
そう言われても、俺には心当たりなんて無い。姉さんと、その……そういうことをした記憶なんてもちろん無いし、こんな所にキスをされた覚えも全く無い。
「……言えないの? お兄ちゃん」
「…………違う。覚えが無いんだよ。……でも、姉さんのことだ。大方、虫にでも刺された痕を見つけて、キスマークだとか言っただけなんじゃないのか?」
「今日姉さんは、お兄ちゃんに無理やりあんなキスをしたんだよ? それなのにお兄ちゃんは、まだそんな能天気なことを言うの?」
「…………」
そう言われると、言葉に詰まってしまう。……でも、流石の姉さんでも、俺の寝込みを襲うような真似は……しない筈だ。
「まあ、いいよ。お兄ちゃんが知らないって言うんだったら、私はそれで構わない。これからのお兄ちゃんは、私がずっと守ってあげるんだし、もうそんな痣なんてどうだっていいよ」
「…………」
摩夜の爛々とした目が、俺を見る。俺は……俺は、皆んなの想いに応えたいと思う。無論、全員に良い返事をするわけにはいかないけれど、でもちゃんと正面から向き合って、自分の気持ちを伝えたいと思う。
……でも、
「…………お兄ちゃん。触れてもいい?」
俺が答えを返す前に、摩夜の手が俺の頬に触れる。その手は思わず温めてやりたくなるくらい冷たいけれど、でも……その手に触れることはできない。
「……摩夜。今日はもう寝ろ。今日は色々あって疲れたろ?……だから、もう寝ろ」
「お兄ちゃんは、私じゃ……いや? ……やっぱり、姉さんみたいに胸が大きくないと、嫌なの? でも私だって……私だってね──」
「摩夜、そういう問題じゃないんだ。……分かるだろ? 俺たちは、家族なんだ。だから……そんなことできるわけ──」
ないだろ? そう俺が言い切る前に、摩夜が口を開いた。……きっと俺は、どんな手段を使ってでも、ここから先の言葉を聞くべきではなかった。
……でも、もう遅い。摩夜の口は開いて、その言葉は俺の耳に届いてしまった。
だからもう、運命は変えられない。
「違うよ、お兄ちゃん」
不意に響いたその声があまりにも冷たくて、俺は思わず摩夜の顔を見る。
「……どういう意味だよ、それ」
摩夜は、笑う。氷のような冷たい表情で、薄く笑う。
「お兄ちゃんも薄々、気がついてるんでしょ?」
「…………」
俺は、言葉を返せない。
「私が急に、お兄ちゃんに辛辣になった理由。姉さんが急に、お兄ちゃんに甘えるようになった理由。お兄ちゃんはそれを、聞かなくなった。……だから本当は、気がついていたんでしょ?」
「……………………」
俺は、言葉を返せない。
「お兄ちゃんは、私と姉さんと血が繋がってないの。絶対にお兄ちゃんには内緒にしようって、姉さんと約束してたけど……でも、もういいよね? だってもう……無理だもん。……我慢……できない……」
そう言って、摩夜は俺に抱きつく。それでも俺は、なんの言葉も返せなかった。
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