前に進みます。



 俺は、ずっと考えいた。



 夏休みに入って、俺と姉さんはお互いの身体を求め続けた。余計な思考を振り払うように、余計な不安から目を背けるように、俺たちはただ肌を重ね合った。


 それはとても気持ちのいいものだったけど、でもいつも……不安がついて回った。


 だから俺は、ずっと考えてしまう。その不安が何に端をなすものか気がついていたから、俺は目を背けられ無かった。



 そんなある日。俺のスマホに一通のメッセージが届く。


「…………」


 夏休みに入る前に桃花が言っていた、一緒に出かけないか、という話。このメッセージには、その詳細が書かれていた。



 それを見て、少し考える。なぜあの時、桃花の誘いを受け入れてしまったのか、と。あの場で桃花の雰囲気に飲まれてしまったのは、事実だ。……でも、断ろうと思えば断れた筈だ。なのに俺は今日に至るまで、桃花に断りの連絡を入れなかった。




『夏休みは長いんだから、一度くらい皆んなで出かけてもいいだろう。仲直りするいい機会かもしれない』



 確か俺は、そんなことを考えていた筈だ。




「……はっ。仲直り、か」


 自虐するように、軽く口元を歪ませる。いつまで俺は、甘えているのだろう? まだそんな希望を、捨てられないのか?




 ……バカバカしい。




「…………」


 俺は桃花に返事を返さず、スマホを机の上に置いて姉さんの部屋に向かう。



 姉さんと肌を重ねている間は、何も考えないで済む。だから毎日毎日、お互いを求め合う。



 その関係は、依存だと言われた。





 きっとそれは、間違いでは無いのだろう。



 でも俺は、それを自覚した上でいつも通り姉さんの部屋を訪れる。……もういい加減、終わりにしようと思ったから。



 ◇



「真昼くん!」


 俺が扉を開けた直後、姉さんはそう叫んで勢いよく俺に抱きついてくる。そしてそのまま、深い深いキスを交わす。


「……おはよう。姉さん」


 激しいキスが終わった後、俺はそう言って姉さんの頭を優しく撫でる。


「おはよう、真昼くん。……それで、今日はどうする? 映画でも見る? それとも……このまま、またしちゃう?」


「……いや、今日はちょっと姉さんに話したい事があるんだ」


「うん? 話? それって、何かな?」


 姉さんはとても楽しそうな顔で、俺の顔を覗き込む。俺はそんな姉さんに軽い笑みを返して、そのままベッドに腰掛ける。姉さんはそんな俺に甘えるように、自分の頭を俺の膝の上に乗せてる。


「姉さん。……旅行に行かないか?」


「……行く! 真昼くんと2人で、旅行に行きたい!」


 俺のその言葉を聞いて、姉さんの表情はパッと華やぐ。


「いや、2人でじゃなくて……摩夜と桃花と天川さんの5人でって話なんだけど、どうかな?」


 ……けどその俺の言葉を聞いて、姉さんの表情はすぐに曇ってしまう。


「…………真昼くんは、何を考えてるの?」


「…………」


 俺は言葉を返さない。ただ黙って、愛しむように姉さんの頭を撫で続ける。


「真昼くん! ちゃんと、答えて。……もしかして、真昼くんはまだあの子たちと仲良くしたいって思ってるの? そんなのもう……無理だよ。真昼くんは、私を選んでくれたんでしょ? なのになんで、他の女の子にまで好かれようとするの?」


「……違うよ。好かれたい訳じゃ無い。ただ少しでいいから、他の皆んなにも……祝福して欲しかったんだ。……俺と姉さんの仲を」



 俺はずっと、夢見ていた。


 皆んなが笑っていられて、そして姉さんも俺も笑っていられる。そういう日々を、夢見ていた。


 だから俺は、桃花の誘いに乗った。




 ……というのも確かに真実だけれど、でも本当は……気がついていた。



 それは、無理だって。



「祝福なんて、そんなの……別にいらないよ。私は真昼くんが側にいてくれるだけで、満足。……真昼くんは、そう思ってくれないの? だから他の女と……」


「違うよ。俺も姉さんと一緒にいるだけで、満足だ。こうやって姉さんに触れるだけで、俺の心は満たされる」


「じゃあ、なんで? なんで他の女と旅行に行くとか言うの?」


 姉さんは身体を起こして、真っ直ぐに俺の瞳を見つめる。だから俺もそれに答えるように、ただ真っ直ぐに姉さんの瞳を見つめ返す。


「……終わりにしようって、思ったんだ。ここ最近、ずっとそればかり考えていた。……俺はさ、他の女の子たちとの関係を、ここで終わりにしようって思うんだ」


「……それ、どう言う意味? 真昼くんの言葉の意味が、よく分からないよ……」


 姉さんは不安そうに、俺の手を握りしめる。俺はそれに優しい笑みを返して、ゆっくりと言葉を続ける。


「ずっと、怖かったんだ。誰か1人を選んだら、他の女の子が暴走してしまうんじゃないかって、俺はずっと怖かった。……だから俺は、皆んなに向けて手紙を書いた」


 俺は遠い目で、懐かしむように窓の外を眺める。


「……でも、それじゃあ終わらなかった。摩夜も桃花も天川さんも、まだ俺のことを……好きだって言う。俺はあれで、彼女たちの愛情にけりを付けたつもりだったのに、彼女たちは諦めてくれなかった……」


「それの何がダメなの? 真昼くんが誰に好かれても、関係ないじゃない。そんな女の事なんか、無視すればいいんだよ」


「普通なら、それでいいのかもな。でも彼女たちの愛情はとても深いから、どうしても……どうにかしないとダメなんだ」


「……なんで? 私には、分からないよ……」


 姉さんは不安そうに俺を見る。だから俺は姉さんの不安を和らげるよう優しく頭を撫でて、そしてそのまま言葉を続ける。


「俺と姉さんがデートをする度に、誰かに後をつけられる。姉さんを1人にすると、何かされるんじゃないかって気が気じゃない。……彼女たちの想いを放置すると、そういうのがずっと続くんだ。……それじゃあ、ダメだろ?」


 軽く息を吐いて、今までのことを思い返して見る。どこで何をしていても、いつも誰かが邪魔をしてきた。だから俺たちは、こうやって部屋に篭って隠れるように肌を重ねる。それしかできない。



 ……けどそんな関係は、絶対に長く続かない。



 多分それも、彼女たちの狙いなんだろう。だからこそ俺は、ここで動かないといけない。



「…… 2人で家を出て、子供ができても、他の女の子たちが何かしてこないかって、ずっと不安に思い続ける。彼女たちが常識に縛られていないと俺は知っているから、その不安はずっと拭えない」



 だからどこかで、決着をつけないといけない。このまま2人で時間を過ごしても、いつかきっと彼女たちは牙を剥く。



 だから、終わらせないといけない。



 たとえそれで、彼女たちに嫌われることになったとしても、俺は終わらせなければならいんだ。



 それがせめてもの……責任だから。



「俺たちは、証明しないといけない。俺と姉さんの関係に誰も入り込む余地なんて無いんだって、皆んなに証明しなくちゃならない。そうしないと、いつまで経っても彼女たちの陰に怯えて生きることになる」


 だから彼女たちと、旅行に行くんだ。……本当は俺たちの仲を祝福して欲しかったけど、それはきっと叶わない。


 なら俺にできるのは、終わらせることだけだ。彼女たちと一度、正面から戦ってもう関わらないでくれと、伝えなきゃならない。


「……つまり真昼くんは、この旅行で私たちのラブラブ加減を見せつけて、彼女たちの恋を終わらせようって……そう言うの?」


「そうだよ。……姉さんは、嫌か?」


「…………ううん。いいよ、私もずっと不安だった。真昼くんが学校に行く度に、他の女の子に変なことされてないかって、ずっと不安だったの。だから……それが無くなるなら、私も頑張るよ」


「ありがとう、姉さん」


 きっと彼女たちは、この機会に姉さんから俺を奪い返そうと、躍起になって行動してくるだろう。



 だから俺たちも、それを利用する。



 もうお前たちが入る余地はないんだと、そう告げる為だけにこの旅行に行くんだ。


「きっと、すごい修羅場になるんだろうね?」


 姉さんはどこか楽しそうに、そう笑う。


「ああ。今まで一番、すごい修羅場になる筈だ。でもそれでいい。そうじゃないと、ダメなんだ。ここで全てを終わらせるんだから、俺は彼女たちに……嫌われないといけない」


 夏休みの中頃に行く事になる、一泊二日の小旅行。そこで、最後にして最大の修羅場が俺を待っている。




 ……そう。そこで全ての決着をつけるために、俺がその修羅場を起こすんだ。



 いつまでも彼女たちの陰に怯えなくてもいいように、ここで全ての決着をつける。




 そうして、楽しい楽しい旅行が幕を開けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る