お姉ちゃんとのデートです‼︎



 そして、姉さんとのデート当日。俺はいつも駅前で、姉さんが来るのを待っていた。


「……まだ待ち合わせ時間まで、20分くらいあるな……」


 そう独りごちて、空を見上げる。晴れ渡る青空が、ただ静かに街を見下ろしている。


 今日のデートで姉さんがどこに連れて行ってくれるのか、俺は何も知らない。姉さんはただ、


『明日は全部、お姉ちゃんに任せて! 真昼はただ、楽しんでくれるだけでいいから!』


 そう言っただけで、どこに行くかは教えてくれなかった。


「……まあでもそれは、他の皆んなの時と同じか……」


 だから別に、そこに不満があるわけじゃ無い。……ただ、姉さんとのデートというと、どうしてもあのデートごっこの事を思い出してしまう。


 思えば、あれが全ての始まりだった。


 ……無論、皆んなが俺に好意を寄せてくれたのは、もっとずっと前のことなのだろう。でもあれが全てのきっかけになったのも、事実だ。


「でも……あの時、姉さんをデートに誘ったのは俺だ。だから姉さんが全て考えて行動してたなんて、そんなことは……あり得るわけが無いんだ」


 そう分かっているのに、どうしても思ってしまう。



 もしかして姉さんは、全部分かっててあんな行動をとったんじゃないかって。


「……考えすぎだな……。それに仮にそうだったとしても、別に姉さんは悪くない。悪いのは……」


 軽く息を吐いて、もう一度時刻を確認する。……約束の時間まで残り10分。そろそろ、姉さんが来る頃だな。そう思った直後、不意に背後から声が響いた。


「やあ、真昼」


 振り返る。桃花だ。桃花がとても楽しそうな笑顔で、俺の方に近づいて来る。


「……どうも、桃花。……俺に何か用ですか?」


「……残念ながら、特に用は無いんだ。買い物に出かけたら、たまたま君の姿を見つけたから声をかけてみただけなんだよ。……君は、今日は……朝音さんとのデートだったね」


「はい。今、待ち合わせの最中です」


「……なるほど。君を待たせるなんて、朝音さんは相変わらずダメな女だね。……っと、デート前に悪口を言うのは良くないか。じゃあ、ボクはもう行くよ。今日は色々と、買っておかなきゃいけないものがあるからね」


 桃花はそう言って、俺に背を向ける。……けど、数歩進んだところで一度立ち止まって、ゆっくりとこちらを振り返る。


「あ、そういえば1つだけ確認にしておきたいんだけど……。君ってベッドじゃないと眠れないとか、そういうのあったりするのかな? 別に布団でも、大丈夫だよね?」


「……はぁ、まあ特にこだわりはないんで、布団でもベッドでもいいんですけど……。それが、どうかしたんですか?」


「いや、これからの為に聞いておきたかっただけだよ。……それじゃ今度こそ、またね? 真昼。……明日の君の選択、楽しみにしているよ」


 ははっ、と桃花は本当に楽しそうに笑って、去って行く。俺はその後ろ姿を、ぼーっと眺める。……なんだか桃花、少し様子がおかしかったな。酷く高揚していて、まるで……。



「まーひる! 待たせちゃってごめんね? お姉ちゃん、色々準備に手間取っちゃって……」



 そこで俺の思考を遮るように、姉さんの声が響く。


「姉さん、おはよう。……別に気にしてないよ。俺が早めに来ただけなんだから」


「ふふっ。早めに来たって、そんなにお姉ちゃんとのデート、楽しみにしてくれてたんだね。……お姉ちゃん嬉しい!」


 姉さんはそう言って、人目もはばからず抱きついて来る。柔らかな姉さんの感触が押し付けられて、なぜかドキドキしてしまう甘い香りが伝わってくる。


「分かったから、姉さん。いきなり抱きついてくるなよ」


「……もしかして真昼、照れてる? 別にいいんだよ? 私はもう、真昼のものなんだから。私の身体のどこをどんな風にしても、私は文句を言ったりしないよ?」


「いや、そういう問題じゃないんだって」


「……じゃあ、どういう問題なのかな? お姉ちゃんに教えて……って、ふふっ。ねえ、真昼。ここ、悪い虫に刺されてるよ……」


 姉さんはそう耳元で小さく囁いて、摩夜が付けた傷の上に舌を這わせる。ただ耳を舐められてるだけなのに、ぞくぞくとした感覚が身体中に駆け回る。


「ちょっ、姉さん! こんなところで、まずいって!」


 俺は慌てて、姉さんから距離を取る。姉さんはそんな俺を、妖艶な笑みで舐め回すように見つめる。


「ふふっ、ごめんごめん。なんかちょっと嫌な臭いがしたから、上書きしたくなっちゃった。……でもよく考えたら、そんなのどうでもいいよね。だって今日は、楽しい楽しいデートの日だもん!」


 姉さんは俺の腕をぎゅっと抱きしめるようにして、歩き出す。……そうすると、姉さんの大きい胸が俺の腕に押し付けられるんだけど、今更そこに何か言ったりはしない。


「……それで、姉さん。今日はどこに連れて行ってくれるんだ?」


「気になる?」


「そりゃあ、気になるよ」


「ふふっ。……なんか今日の真昼、すごく可愛い顔してる。食べちゃいたくなるよ……。だからこのまま、イチャイチャできる場所に行っちゃう? 今ならどんな激しいプレイでも……」


「…………」


 俺は無言で、姉さんを睨む。


「ごめんごめん、冗談だよ。……心配しなくても、変な所になんか連れて行かないよ? ほら、これ見てみて?」


 姉さんはそう言って、鞄から2枚のチケットをとりだす。


「……これ、映画のチケット? 姉さん……映画、観に行くの?」


「うん。デートって言ったら、映画が定番でしょ? ……もしかして嫌だった?」


「いや、そんなこと無いよ。ただちょっと、意外だっただけで……」


 姉さんのことだから、もっとこう……俺が想像もしない所に連れて行ってくれるんだとばかり思っていたから、映画館は完全に予想外だった。


「意外かな? でも私も真昼も、昔から映画好きでしょ? ……でも最近はいろいろ忙しくて、あんまり観に行けなかった。だからデートの時は、一緒に映画に行きたいなって思ってたんだ」


「そっか……そうだよな。そう思うとなんか、楽しみになってきた」


「ふふっ、ありがと。……じゃあ行こ?」


 俺たちは2人で歩き出す。


 そうして、姉さんの思惑に何一つ気がつかないまま、楽しい楽しいデートが幕を開けた。


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