楽しい旅行の始まりです。
そして、旅行の日がやって来た。5人で駅前に集まって、電車に乗ってしばらく進む。それから電車を降りて、バスに乗ってまた進む。
そんな風に長い移動を終えて、昼前にはとある温泉旅館にたどり着いた。
桃花曰く、穴場の旅館。
夏休みシーズンなのにあまり人が集まらず、近くに小さなビーチもあって泳ぎ放題らしい。
「…………」
辺りを見渡すと、確かにあまり人影は無い。これなら一目を気にすること無く、姉さんとイチャイチャすることができる。
「……楽しみだね?」
姉さんが俺の耳元で、そう囁く。
「ああ、そうだな」
だから俺もそれに倣うように、小さな声で言葉を返す。
そうして、楽しい楽しい旅行が幕を開けた。
◇
旅館に荷物を置いて、早速海にやって来た。……因みに旅館の部屋は、5人で一部屋しかとられて無かった。それは流石に……と思って、桃花にそのことを尋ねても、
「何か問題があるかな?」
と言われてしまってので、それ以上の追求はしなかった。……だって俺たちにとっても、その方が都合がいい。色々と見せつけるなら、同じ部屋の方が便利な筈だ。
「……ふっ」
何故か、笑ってしまう。俺は今から、自分のことを好いてくれている人達を、本気で傷つけようとしている。その事実は、どう取り繕っても変わらない。
……なのに何故か、笑ってしまう。
それの理由が、自分でも分からない。
「お待たせー、真昼くん!」
と。そこで不意に、背中に柔らかな感触が押し付けられる。
「……姉さん。ようやく来たのか。遅いよ」
「ごめん、ごめん。水着きるのに、ちょっと手間取っちゃって……」
「それなら、仕方ないか。でも……そんな風に背中から抱きしめられると、姉さんの水着姿が見れないよ?」
「……なら、感じてみてよ。背中に感じる、私の大きいおっぱいの感触。そしてそれを包む……小さなビキニ。……背中に当たる感触で、それがどんなのか想像してみて?」
「…………」
そう言われて、少し想像してみる。背中の感触から、布面積はそんなに大きくは無いだろう。それに……。
「ふふふっ、真昼くん。本当に想像してる? 真昼くんって、そういうところがちょっと真面目で可愛いよね? でも、大丈夫。そんなに必死に考えなくても、ちゃんと見せてあげるから……」
そう言って姉さんは、俺から手を離す。だから俺は、振り返って姉さんの水着姿を見つめる。
「…………可愛いな。うん、凄く似合ってるよ」
薄い青色の、可愛らしいビキニ。それは、姉さんの真っ白な肌にとても映えていて、俺の口からは正直な感想だけが溢れる。
「ふふっ、ありがと。でも、もっとこう……顔を赤くして、目を逸らしたりしてくれてもいいんだよ?」
「残念ながら、もうそこまでウブじゃ無いんだ。……それは姉さんが、一番よく知ってる筈だろ?」
「……もう、真昼くんのエッチ」
そうして、2人で笑い合う。それだけなら、とても楽しい時間だろう。
「…………」
「…………」
「…………」
でも、背後に居る3人の少女が、無言でこちらを睨んでいる。……けど俺は、そちらを見向きもしないで、ただ姉さんとだけじゃれ合う。
「そうだ、真昼くん。日焼け止め塗ってよ。……幸いこのビーチには私たち以外、誰も居ないし……。だから水着の中まで、たっぷり塗って欲しいな……」
姉さんはそう言って、大きい胸を見せつけるように揺らす。
「水着の中は、塗っても意味ないだろ? ……でも、姉さんが塗って欲しいって言うなら……いいよ。姉さんの綺麗な肌にシミができるのは、嫌だしな」
「ふふっ、真昼くんはやっぱりエッチだね」
「姉さんが塗ってくれって言ったんだから、姉さんがエロいんだよ」
2人でそんな風にイチャイチャしながら、砂場を歩く。
……けどやっぱり、それは彼女に止められてしまう。
「おにーいちゃん!」
そんな声が響いて、突然、摩夜が背中から抱きついてくる。……というか、こう来るだろうと思って備えていた筈なのに、全く避けることができなかった。やっぱり摩夜の運動神経は、俺なんかよりずっと凄い。
「……摩夜、あんまりベタつくなよ。俺が好きなのは姉さんだけなんだから、こんな風に……ひっついて来るな」
でも俺はそう冷たく言い放って、摩夜を振り払おうとする。……けど、摩夜はなかなか離れない。
「分かってるよ。でも……私だって一生懸命、水着を選んだんだよ? ……だから、ちょっとくらい褒めてくれても、いいんじゃないの?」
「…………」
その言葉に思わず、頷きそうになってしまう。……けど、ここで頷く訳にはいかない。摩夜がどれだけ悩んで、どれだけ時間をかけてこの水着を選んだんだとしても、俺はそれを認めない。
今日はその為に、ここに来たんだ。
だから俺は、口を開く。
「摩夜。お前の水着なんか──」
「……邪魔」
しかし俺が言葉を言い切る前に、姉さんが摩夜を突き飛ばしてしまう。
「痛っ……!」
摩夜はそのまま、砂浜の上で尻餅をつく。
「ごめん、摩夜ちゃん。蚊が飛んでたみたいだから、叩いてあげようと思ったんだけど……ちょっと力が入り過ぎちゃった」
姉さんは悪びれもせず、そう笑う。
「……いいよ。姉さんは私と違って、余計な脂肪がついてて重たいから……仕方ないよ」
「ふふっ。余計な脂肪って、この大きい胸のこと? ……でもこれは全然、余計なんかじゃないよ? 真昼くんも私のこの胸が大好きで、いつも……って、ごめんごめん。摩夜ちゃんみたいな子供にする話じゃなかったね」
「…………」
摩夜は凄い目で、姉さんを睨む。でも姉さんは、少しも怯まない。……最近の姉さんのこういうところは、少し記憶を失くす前の姉さんに似てきた。
「まあまあ、2人とも喧嘩するのはよしてくれよ。今日はせっかくの楽しい旅行だ。だから喧嘩するなんて、勿体無いよ?」
と。そこで2人を仲裁するように、桃花が口を挟む。
「そうっスよ。せっかく皆んなで旅行に来たんスから、喧嘩なんて時間の無駄っス。……摩夜もそれは、分かってる筈っスよね?」
そして、背後から顔を出した天川さんもその言葉に続く。
「……そうだったね。……ごめんね? お兄ちゃん。それに姉さんも……。少しムキになっちゃった」
「…………別にいいよ。それより真昼くん! 早く日焼け止め塗ってよ! あんまりお肌が焼けちゃったら、温泉でヒリヒリしちゃって楽しめないよ。……ふふっ。そういえばここの宿って混浴もあるみたいだから、今日は一緒に入ろうね?」
姉さんは俺の手を取って、歩き出す。
「そうだな。……あ、でも、他の男がいるかもしれないから、ちょっと嫌かな」
「ふふっ、嫉妬してくれるんだ。嬉しい。……でも、今日は私たち以外にお客さんは居ないみたいだから……大丈夫だよ?」
「……なら、それも悪くないな」
姉さんが、俺の腕を抱きしめる。そして、まるで背後の3人に見せつけるように、大きい胸を俺に押し当てる。
……痛いくらいの視線を、背中に感じる。けど、俺は気にしない。俺はただ姉さんだけを見て、楽しげに前に進む。
「真昼。それに、朝音さん!」
しかしやはり、背後から声が響く。
「…………」
「…………」
俺と姉さんは、ただ黙って振り返る。
「くふっ、そんなに嫌そうな顔をしないでくれよ。……ボクたちだって、空気は読むさ。2人は恋人なのだから、その時間を邪魔しようなんて思わないよ。……でも、もうしばらくしてからでいいから、少しゲームでもしないかい? せっか皆んなで来たんだ。……ならほんのちょっとでいいから、皆んなで遊びたいなって思うんだけど……ダメかな?」
桃花のその言葉を聞いて、俺と姉さんは顔を見合わせて、少し考える。ここで桃花の誘いに乗るのは、危険だ。……でも、ただ距離を取るだけなら、今日ここに来た意味が無い。
俺たちは、証明しに来たんだ。
お前たちが入り込む隙間なんて無いと、この3人に証明しに来た。
……なら、
「構わないよ。……姉さんも、それでいいよな?」
「うん。……でも、私の恋人に変なことしたら……許さないからね?」
姉さんはそう答えて、俺の頬にキスをする。
「……ああ、勿論だとも」
桃花はそれに、裂けるような笑みで答えを返す。
そうしてこの砂浜で、桃花の考えた楽しい楽しいゲームが始まる。
……無論その結末は、まだ誰も知らない……。
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