遠くに行きたいです‼︎

 


「お待ちしておりましたわ、真昼さん。では、行きましょうか!」


 芽衣子はそう言って、自信満々に胸を張る。


「……いや、それはいいんだけどさ……一体、どこに連れて行ってくれるんだ?」


「そんなの行けるとこまでですわ! さあ早く乗ってください。時間がなくなってしまいますわよ?」


 芽衣子は本当に楽しそうに笑って、二台のマウンテンバイクを指差す。



 昨日、夜遅くに芽衣子から連絡があった。明日のデートの待ち合わせは、朝の10時に学校にです! と。俺はその連絡の通り……では無く、その15分前に学校を訪れたんだけど、芽衣子は既に2台のマウンテンバイクと共に校門の前で待っていて、そして開口一番にさっきの言葉を告げた。


 だから俺は、現状をよく理解できていない。


「……えーっと、つまりサイクリングに行くってことだよな?」


 確認するように、そう芽衣子に尋ねる。


「そうですわ! ……もしかして、嫌ですの?」


「いや、嫌じゃないよ。身体動かすのは、好きだしな。……でも、そのマウンテンバイクはどうしたんだ?」


「こちらは私の普段使いで、こっちの方は私が昔使っていたお古です。昨日のうちに、密かに学校に運び込んでおいたんですわ!」


「……お前、相変わらず面白いことするよな。……いいよ、分かった。楽しそうだし、行けるとこまで行くか!」


 なんだか楽しくなってきた俺は、そう言って自転車にまたがる。


「ふふっ、乗り気になって頂けて嬉しいですわ。さあ、地の果てまで出発ですわ!」


 芽衣子もそう言って自転車にまたがる。……けど、サイクリングに出かける前に、俺は1つだけ言っておきたい事があった。


「……なあ、芽衣子」


「何ですの? 真昼さん」


「いや……お前は気にしないかもしれないけど、その短いスカートで自転車に乗ると……パンツ見えちゃわないか?」


「ふふっ。やっぱり男の人は、そういうの気になっちゃうんですね。……真昼さんも、私のパンツ……見たいですか?」


 芽衣子はこちらをからかうようにニヤリと笑って、ゆっくりとスカートをめくっていく。


「ちょっ、バカお前。こんなところで何やってんだよ!」


 俺は慌ててそれを止めようとするけど、芽衣子はクスクスと笑って、その必要は無いと首を横に振る。


「真昼さんも、私のパンツくらいで動揺してくれるんですね。……ちょっと嬉しいですわ」


「……当たり前だろ? ……いや、そういう問題じゃ無いんだけど……」


「ふふっ、でも大丈夫ですのよ? 中に見せても大丈夫なやつを履いているので、パンツは見えませんわ」


 芽衣子はそう言って、自信満々にスカートの中を見せつける。


「……見せていいとかダメとか、そういう問題じゃないんだって、だから……。いやまあとりあえず、スカートを履くるのは……はしたないから辞めとけ」


「真昼さんって、変なところで真面目ですわね。……まあいいです。私のパンツがちゃんとガードされているのも分かったことですし、安心して出発しましょう!」


 芽衣子はそう高らかに宣言して、勢いよく自転車を漕ぎだす。俺は軽く息を吐いてから、その背を追う。


 芽衣子とのやりとりは、いつもと何も変わらない。デートって言うからには、もっとこう芽衣子もしおらしくなるのかと思っていたけど、芽衣子は本当に何も変わらない。俺は何故だか、それが少し嬉しかった。



「……行くか」



 そう呟いて、前へと進む。春の心地よい風を浴びながら、俺と芽衣子のデートが始まった。



 ◇



 芽衣子の楽しそうな背中を見つめながら、自転車を漕ぐ。心地よい春の風を全身で浴びて、身体から疲れが抜けるような感じがする。


 そんな風にしばらく、ただ前に進み続ける。するといつ間にか見慣れた景色を通り過ぎで、山道に出る。坂を登って、また下りて、自販機でジュースを買って、少し休憩する。


 2人で、ただ前に進み続ける。そんなとても心地よい時間が流れていって、気づけば時刻は昼過ぎで、俺たちは海に辿り着いていた。


「…………」


 心地よい海風が頬を撫でる。俺は意味もなく、遠い地平線に視線を向ける。


「着きましたわね、真昼さん。ここが第1の目的ですわ。……どうです? 真昼さん、いい景色でしょう?」


 芽衣子はこっちを見て、ニコリと笑う。


「そうだな。綺麗な、景色だ」


 だから俺も、ニコリと笑顔を返す。


「…………」


 ……俺はこの前のデートで、天川さんと海に来た。だから俺がこの場所に来るのは、2度目だ。……でも、どうしてだろう? なぜか景色が、前とは別物のように見える。


 隣に誰がいるかで、景色も変わるものなのだろうか?


 ……俺にはまだ、分からない。


「さ、真昼さん。こっちに来てください。今日は私、気合いを入れてお弁当を作ってきました。ですからお腹いっぱい、食べてくださいね!」


 芽衣子は楽しそうに笑って、砂場にレジャーシートを広げる。そしてリュックから、大きな弁当箱を取り出す。


「美味そうだな。……でも、こんなに作るの大変だったろう? ありがとな」


「気にしないでください。好きでやってることですから。……それより、早く食べてみてください。この卵焼きは、渾身のできなんですよ?」


 芽衣子はそう言って、あーんと卵焼きを差し出してくる。俺はそれを、特に迷うこと無く口の中に入れる。


「…………美味い。すげー美味しいよ、芽衣子。お前、料理できたんだな。全然知らなかった……」


 芽衣子とはそこそこ長い付き合いだけど、料理ができるなんて全然知らなかった。


「……よ、喜んで頂けて嬉しいですわ……」


 芽衣子はそんな俺の言葉を聞いて、なぜか照れたように顔を赤くして、視線を逸らしてしまう。


「なんだよ、照れてるのか? 芽衣子」


「……照れてなんて……いませんわ。ただちょっと勢いで、あーんをしてしまったのが……少し気恥ずかしいだけです」


「あ、そっちで照れてるのか。……というか、パンツ見られても気にしない癖に、あーんするのは恥ずかしいんだな」


「それとこれとは全然別ですわ! ……あーん、なんて……恋人同士がするものでしょう? それなのに私は、はしたなくあーんなんてしてしまって……真昼さんはその……嫌いにはならないですよね?」


 芽衣子は本気で不安そうに、俺を見る。俺はそれ見て、なんだか笑ってしまう。


「ははっ、芽衣子。そんなことで嫌いになるわけ無いだろ?」


「……本当ですか?」


「当たり前だろ」


「なら、よかったですわ。……本当に安心しました。では私にも……あーんしてください」


 芽衣子はそうニコリと笑って、あーんと口を開ける。……けど、やっぱり顔は真っ赤でまだ恥ずかしいんだなって思うと、自然と笑みがこぼれてしまう。


「ほら、あーん」


 だから俺は少しの気恥ずかしさを飲み込んで、芽衣子に卵焼きを差し出す。


「あ、あーん。…………ふふっ、美味しい。ありがとう、真昼さん」


 芽衣子は俺を見て、ニコリと笑う。その笑顔はあまりに真っ直ぐで、俺の心臓はどきりと跳ねる。


 そんな風に楽しく弁当を食べ終えた俺たちは、しばらくぼーっと海を眺める。ゆらゆらと揺れる水面を見つめなら、ゆっくりとした時間が流れる。



 すると不意に、ポツリと芽衣子がその言葉をこぼした。




「ねぇ、真昼さん。このまま遠くに……逃げませんか?」




 楽しいデートは、まだ終わらない。芽衣子の真意を知らないまま、前へ前へと進んで行く。


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