弟は考えます‼︎



「ねえ、真昼。真昼が明日、誰を選ぶのか……聞かせてもらってもいいかな?」



 その問いが、頭の中で何度も何度も響き続ける。



 俺が明日、誰を選ぶのか。それをここで、姉さんだけに伝える訳にはいかない。



 ついさっきは、そんな答えを返した筈だ。……でも、誰を選んでも結末が変わらないのなら……いや姉さん以外の誰を選んでも同じ結末を辿るというのなら、もう答えは一つしかないんじゃないか?



 俺は俺の意志で、誰かを選ばなくちゃいけない。そうじゃないと、俺を想ってくれている皆んなに失礼だし、何より絶対にいつか後悔することになる。



 ……でもその選択のせいで、摩夜が人殺しになるかもしれない。……いや、摩夜だけじゃない。他の皆んなも、取り返しのつかない罪を犯してしまうかもしれないんだ。




 俺では、彼女たちを止めることはできない。選ぶことはできても、止めること決してできない。




 ならもう、全部姉さんに任せていいんじゃないか。姉さんならきっと、どうにかしてくれる。姉さんは俺なんかよりずっと優秀で、だから──




『お兄ちゃんは絶対に私が守る』




 不意にずきりと、耳が痛んだ。



「…………」



 情けないな。なんて情けないんだろう、俺は。



 たとえ皆んなの狂気がどれほどのものでも、自分の好きな人くらい自分の力で守ってみせる。



 それくらいのことが言えたのなら、俺ももう少し格好が付いたのかもしれない。……けど俺には、無理だ。



 今まで、色んなことがあった。ここ最近は本当にいろいろあったから、少し疲れてしまった。



 でもだからって、ここで姉さんに甘える訳にはいかない。



 だって、俺は──




「……姉さん。俺は、やっぱりまだ答えられないよ」


「…………真昼……」


「でもちゃんと明日、皆んなの前で答えを返すから……それまで待っててくれ。ごめん……いや、ありがとう、姉さん」


 俺はぎゅっと強く、姉さんを抱きしめる。本当に壊れるくらい強く強く、姉さんを抱きしめる。


「────」


 姉さんはそんな俺を少し唖然と見つめるけれど、すぐにいつもの笑みに戻って優しい瞳で俺を見る。



「……そっか、真昼も強くなったんだね。……でもいいの? お姉ちゃんが手助けしてあげないと、真昼が死んじゃうかもしれないんだよ?」


「……頑張るよ。もう少し、自分の力で頑張ってみる。だってそうじゃないと……きっとずっと……痛いままだ」


 俺にできることなんて、限られてる。今ここで姉さんを選んで、全部姉さんに任せた方がきっと上手くい筈だ。……でも、それじゃあダメなんだ。そんなことでは俺はここから先、ずっと姉さんに甘えて生きていくことになる。


「…………真昼はここで、お姉ちゃんを選んでくれるってずっと思ってたのに……真昼は可愛くて、でも……かっこよくなってたんだね。……やっぱり真昼だけだよ。私の思い通りにならないのは……。他の子達は、もうずっと前から私の掌の上だったのに、やっぱり真昼はすごいよ。……大好き……!」


 姉さんは今まで見せたことの無い子供みたいな表情で、はにかむように笑う。……その笑みを見ていると、なぜか俺の心臓は痛いくらいに脈打つ。


「…………帰ろうか? 姉さん」


「うん。……手、繋ご? ぎゅっと握って。壊れるくらい強く握って」


「分かった」



 手を繋いで、2人で帰路に着く。楽しい楽しいデートは、そうして幕を閉じた。



 そして明日。いよいよ、俺は選択することになる。そしてその後に一体なにが待ち受けているのか、俺はまだ何も知らない。




 ……けど、できることを精一杯やろうって、そう心に誓った。



 ◇



「……真昼。やっぱり、真昼なんだよ。真昼じゃないと、ダメだ」


 笹谷ささたに 朝音あさねは自分の部屋で胸の内の感情を抑えるように、薄く口元を歪めてただ月を眺める。


「……真昼ももう、お姉ちゃん離れの時期なのかなー。あそこで絶対、私を選んでくれるって思ってたのに……。ふふっ、でもあの時の真昼の顔、かっこよかったなぁ。私をぎゅっと抱きしめてくれて、思い出すだけで我慢できなくなっちゃいそう……」


 朝音は裂けるような笑みを浮かべで、真昼の部屋に視線を向ける。


「でも真昼はまだ、分かってないみたいだね。人を愛するっていう狂気がどれほどのものなのか、真昼は全然わかってない。このままだと、明日はとんでもないことになっちゃう。もう誰かを選ぶとか選ばないとか、そういうレベルの話じゃないのに……。ふふっ、やっぱり真昼は可愛い……」


 朝音は真昼の部屋を見つめたまま、人差し指でゆっくりと自分の唇をなぞる。今日の真昼とのキスを思い出しながら、何度も何度もその行為を繰り返す。


「…………本当に、我慢できなくなっちゃいそう。……今すぐ真昼の部屋に行って、眠ってる真昼をめちゃくちゃにしてあげたい。……でも、摩夜ちゃんが鍵をつけちゃったから、無理か……。ふふっ、じゃあ仕方ないから明日の楽しみにとっておこう」


 朝音は諦めるように息を吐いて、視線をまた月に戻す。


「明日、どうしよっかな。真昼がちゃんと選択できるよう場を整えてあげてもいいんだけど、それだとその後が面倒になっちゃうからなー」


 朝音は少し、考える。どうすれば、真昼と最高の明日を迎えられるのか、それを本気で考える。


「よしっ、決めた。……この手でいこう」


 朝音は机の上に置いてあったスマホを手にして、4人の少女たちにメーセージを送る。


「ふふっ、これで大丈夫。……ごめんね、真昼。お姉ちゃんは過保護だから、どうしても真昼に構いたくなっちゃうんだよ。……でもその分、明日はいっぱいお返してあげるから、それで許してね」



 そうして、夜は更けていく。明日、真昼が誰を選び、どんな結末を迎えるのか、まだ誰も知らない……。





 朝音、以外は……。



「……ふふっ、楽しみ……」


 静かな夜に、そんな声が最後に響いた。


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