驚きましたか?

 


 天川さんとのデートの翌日。俺は昨日より少し早い時間に家を出て、駅とは反対方向の高台にある公園を目指していた。少し距離があって歩くことになる……のは別に構わない。けど、なんで会長がそんな場所を待ち合わせ場所に指定したのか、それが分からない。


 ただ会長も昨日の天川さんと同じように、自分でデートプランを考えてくれている。なら今日はごちゃごちゃ考えず、会長に任せればそれでいいんだろう。


「…………」


 ふと、笑みがこぼれてしまう。昨日の天川さんとデートは、楽しかった。……それに、天川さんがあの子の妹だって確信が持てて、そして……天川さんと話をして、少しだけ許された気がした。それは自分勝手な思い込みかもしれないけど、心が軽くなったのは確かだ。



 らしくもなく、心が浮ついていた。



 だからこんな場所で彼女と遭遇したことに、なんの疑問も抱けなかった。



「あら、真昼さん。こんな所で奇遇ですわね?」


 芽衣子はそう言って、こちらを見てにこりと笑う。


「よう、芽衣子。確かに珍しいな、こんな所で会うなんて。何をしてるんだ?」


「……ちょっと野暮用ですかね。……いや、そんなことより、このスカート見てくださいます? 昨日、新しく買ったばかりなんですよ?」


 芽衣子はその場で、くるりと回る。まるで、脚を見せつけるかのような短いスカート。そんなものを履いてくるくるされると、中身が見えてしまいそうになる。


「…………いや、可愛いとは思うけどさ……少し短すぎないか? パンツ見えるぞ?」


「別に構いませんわ。むしろ真昼さんに見られるのなら、本望です」


「いや、そんなことを本気で望むな。……お前も女の子なんだから、もう少し慎みを持てよ」


「慎ましく……なんて言ってたら、今時の女の子なんてやってられませんわ」


「……いや、そういうものか? まあ何にせよ、程々にしとけよ?」


 そう言って、視線を上げる。気の置けない友人だったとしても、あまりジロジロと見ていると、少し気まずく思ってしまう。


「ところで、真昼さん。今日は確か……会長さんとデートなさるんでしたよね?」


「ああ、そうだよ。そういや会長、お前の前でも言ってたな」


「はい。……それで申し訳ないんですけど、少しだけ……ご一緒しても構いませんか?」


 芽衣子は真っ直ぐな瞳で、俺を見る。対して俺は、少し言葉に詰まる。


「……いやお前、それは流石にちょっと……」


 デートの待ち合わせに、他の女の子を連れて行く。それは流石に不味いだろう。いくら芽衣子が大切な友人だからといって、その行動は会長に対して失礼すぎる。


「いえ、分かってますわよ? 無論、お二人のデートの邪魔をするつもりはありません。ただほんの少しだけ、お二人に大切な話がありますの。ですから……お願いします。真昼さん」


 芽衣子はそう言って、頭を下げる。そんな風にされると、本当に困ってしまう。……芽衣子がここまでするんだから、何か相当の理由があるんだろう。芽衣子に限って、この前の体育祭で会長に負けた嫌がらせ……なんて事は絶対に無い。



 ……なら、



「分かったよ」


 俺はそう答えようした。けれどその直前、ふと声が響いた。



「やあ、真昼。こんな遠い所を待ち合わせ場所にしてしまって、すまないね。……って、おや? 芽衣子くんじゃないか。一体、どうしたんだい? そんな風に頭を下げたりして」


 会長だ。会長がいつも通りの笑顔を浮かべて、俺たちの前にやって来た。


「……あ、いや会長。…………芽衣子が、何か大切な話があるみたいなんですよ。だから、少しだけお時間いいですか?」


「ふふっ、なるほど。ボクは別に構わないよ。芽衣子くんのことだから、ボクらのデートを邪魔するつもりは無いんだろう? ならいいさ。……でもその代わり、手早くすませてくれると助かるな」


「……感謝しますわ、お二人とも」


 芽衣子は頭を上げて、いつも通り真っ直ぐに俺と会長を見つめる。……いやでもよく見ると、頬が少し赤い。それに手をぎゅっと握りしめて、まるで……。




 そんな風に色々と考えていると、芽衣子は突然、しかし揺るぐことなく、当たり前のようにその言葉を告げた。








「私、真昼さんのことが好きですわ。1人の女として、貴方のことを愛しています」




 頭が、真っ白になる。どくんと、心臓が跳ねる。今、芽衣子は何と言った? いや、聞こえた。しっかりと、聞こえたんだ。だから俺の心臓は、こんなにも……。


「……だから言っただろう? 真昼。誰かれ構わず、優しさを振り撒いたらダメだって……。ふふっ、でもどうして今なんだい? 芽衣子くん。告白するんだったら、もっと時と場所を考えて、真昼と2人きりの時にすればいい。なのにどうしてこんなタイミングで、しかもその告白をボクにまで聞かせるんだい?」


「会長さんが、真昼さんに好意を寄せているのは知っていますわ。でもだからこそ、貴女にも知っておいて欲しかったんです」


「……へぇ。でもボクに隠しておいた方が、色々と都合がいいんじゃないかい?」


「隠れてコソコソと駆け引きなんて、私したくありませんわ。好きだって分かったら、我慢せずすぐに告白する。そして他にも真昼さんを好きな人がいるんでしたら、その人にも私の想いを知って欲しいんです。だって、これからはライバルなんですもの。挨拶くらい、しておきたいですわ」



 芽衣子はいつだって、真っ直ぐだ。彼女はいつだって、揺らぐことが無い。少なくとも俺にとっての芽衣子は、そういう女の子だ。だから芽衣子が人を好きになったら、こういう行動をとるんだろう。それは、分かる。


 でもそれがまさか、俺だなんて……正直、想像もしてなかった……。



「くふふっ。君は真っ直ぐだね、芽衣子くん。他の女の子たちにも、聞かせてやりたい言葉だよ。……いや、君の言葉なんて、誰も聞いてはくれないか。まあいいさ、これで君の気も済んだのだろう? まさか真昼が答えを返してくれるまで帰らない……なんて、バカなことを言うつもりじゃないだろう?」


 芽衣子の告白を聞いても、会長に動揺は無い。会長はいつも通り、悠々と言葉を続ける。……まるで、芽衣子が俺に好意を寄せていたのを知っていたみたいに。


「この私が、そんなわがままを言うわけありませんわ。真昼さんのことは……分かっていますもの。……ですから、真昼さん」


 芽衣子が真っ直ぐに、俺を見る。どくんと、心臓が跳ねる。正直、まだ実感が持てない。……けれど、目をそらす訳にはいかない。その瞳から逃げないと、俺はもう決めたんだから。


 だから俺も、真っ直ぐに芽衣子を見る。


「……なんだ? 芽衣子」


「……真昼さん。私が絶対に、貴方を惚れさせてみせます! どんなに時間がかかろうと、貴方に好きって言わせてみせますわ! 私が言いたいのは、それだけです!」


「…………お前は、相変わらずだな……」


「ふふふっ、当たり前ですわ! ……それでは2人とも、ご迷惑をお掛けしました。私はこれで、失礼します。……ご機嫌よう」


 言いたいことを言いたいように言って、芽衣子はこの場を後にする。……その背中に、何か言葉をかけようか、とも思ったけれど、それは辞めておいた。結局どんな言葉をかけたとしても、今は芽衣子の気持ちに応えてやれない。だから俺は、黙って芽衣子を見送った。


「芽衣子くん、行ってしまったね」


「……そうですね」


「後を追わなくて、いいのかい?」


「今日は会長とデートするって、決めてますから」


「ふふっ。嬉しいよ、真昼。……では行こうか? 少し水を差されてしまったけど、今日は楽しい楽しいデートの日だ。だから、存分に楽しもう? 真昼」


 会長は俺の手を引いて、歩き出す。俺は軽く息を吐いて、思考を切り替える。今は芽衣子のことより、会長のことだ。会長の想いと、正面から向き合う。今日のデートはその為のものだ。それなのに他の女の子のことを考えて、当の会長をおざなりにしてしまったら、それこそ元も子もない。


「そうですね、会長。……行きましょうか?」


 だから俺はそう答えて、会長の手を優しく握り返す。すると会長は、嬉しそうな笑みを浮かべる。


「……そういえば、ちゃんと付けて来てくれたんだね。ボクの渡したプレゼント。……ふふっ、やっぱりよく似合っているよ」


「そうですか? あんまり慣れてないんで、ちょっと不安なんですけど」


「いいや、よく似合っているよ。……可愛い……」


 先ほどとは質の違う笑みで、会長は俺の首元を見つめる。そこには、チョーカーと呼ばれるものが付けられている。俺にはそれがまるで……犬が付ける首輪のように思えてしまうけど、きっとそれは俺がファッションに疎いからだろう。



 俺と会長は、手を繋いで歩いて行く。



 そうして、楽しい楽しいデートが幕を開けた。


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