ご機嫌斜めな妹です!

 


 姉さんの策に乗って、妹と少し距離を置くことを決めた。そしてその策を授けてくれたお礼……という訳では無いけれど、今日は姉さんの買い物に付き合う事になった。


「……遅いよ、姉さん」


 買い物に行こう! そう姉さんが声をかけて来てから、1時間以上たっている。なのに姉さんは、未だに化粧だがなんだかに精を出している。


「女の子は色々と、準備に時間がかかるんだよ。だから、もう少し待ってよー」


「たかだか弟と買い物に行くだけだろ? そんな気合い入れなくても、いいじゃん」


「真昼と買い物に行くから、気合いを入れてるんだよ。真昼だって、隣を歩く女の子は可愛い方がいいでしょ?」


「いや、俺は……別に気にしないけど。それに姉さんは化粧なんかしなくても、綺麗だと思う……あっ」


 口に出してから、失言だったと気がついた。くるりと姉さんの首が回り、ニヤニヤとした目でこっちを見る。


「ねぇ今、私のこと綺麗だって言った?」


「……先にリビングで待ってる」


「ねぇ今、私のこと綺麗だって言った?」


「2回も言うな。……ちょっとあれだよ、からかっただけだよ」


「こいつ可愛いなー。こいつー」


 頬っぺたを、うにうにとされる。


「あーもう、鬱陶しい。本当に先に降りてるから、さっさと来いよ」


 姉さんの手を振り払って、部屋を後にする。姉さんは、褒めるとすげー調子に乗って面倒くさいのを失念していた。


「……いや、別にいいんだけど。疲れるんだよなー」


 軽く息を吐いて、リビングに降りる。……と、そこには先客が居た。妹の摩夜だ。


「よう、なに──」


 してるんだ? そう言いそうになったのを、すんでで飲み込む。そういえば、あんまり構わないようにしようと、決めたばかりだった。


「……なに?」


 摩夜はやっぱり、ゴミを見るような目で俺を見る。いつもだったら、もうちょい笑った方がいいよ? とか言ってたかもしれないけど、ここは我慢。もう少し、距離を置いた感じで行こう。


「いや、別に……」


 そう小声で言って、ソファに座る。


「…………」


「………………」


「……………………」


「…………………………」


 気まずっ。自分の部屋に戻ればよかった。すぐにそう後悔する。摩夜はつまらなそうにテレビを見ながら、時折、邪魔なものを見る目でこっちを見てくる。俺はそれに気づかないふりをしながら、黙ってテレビを眺める。



 なんなんだよ、この時間。気まず過ぎる。



「……ねぇ? あんた、どっか行くの?」


 と、摩夜もこの空気を気まずいと思ったのか、俺の服装を見てそう声をかけてくる。向こうから声をかけてくれるのは、随分と久しぶりだ。


「まあな」


 俺はそれに、できるだけつまらなそうな声で答える。ここで喜んで笑顔で返したら、元の木阿弥。せっかくの作戦が台無しだ。


「……どこ行くの?」


「知らない。姉さんに付き合うだけだから」


「ふーん」


「お前も……」


 一緒に来るか? そう言いそうになって、慌てて言葉を飲み込む。長年培ってきた関係は、そう簡単には変えられないようだ。ついつい、普段の自分が出てしまう。


「なに?」


「いや、なんでもない」


「…………なにそれ、きもっ」


 摩夜はそっぽを向いて、肩口で切り揃えられた黒髪を指で弄ぶ。なんとなく寂しそうに見えてしまうのは、きっと俺の気のせいなのだろう。


「おっと、お待たせー。準備できたよー」


 そんなことを考えていると、ようやく姉さんが2階から降りてきた。


「おせーよ、姉さん」


「ふふっ。この服、可愛いでしょ?」


 姉さんは俺の文句を無視して、その場でくるりと回る。茶色く染まった姉さんの髪と、薄い青のスカートがふわふわと揺れる。……あとついでに、姉さんの無駄にでかい胸もふにふにと揺れる。


「……いいんじゃないの? …………じゃあ、行こうか?」


「あははっ、照れてる照れてる」


「なんでだよ。照れてねーよ」


「可愛い奴め。可愛い奴め」


 頬をツンツンされてしまう。最近の姉さんは、やたらとテンションが高い。


「……ねえ? じゃれつくなら、他所でやってよ。テレビの音が聴こえない」


 摩夜は俺と姉さんの様子をつまらなげに眺めながら、そう言い捨てる。


「あ、ごめんね、摩夜ちゃん。ラブラブなの見せつけちゃって」


「…………別に。うるさいのが鬱陶しいだけ……」


 摩夜は小声でそう言って、こっちから視線をそらす。


「……じゃあ行こっか? 楽しいデート。楽しいデート〜」


 姉さんは俺の腕をとって、歩き出す。俺はそんな姉さんに引っ張られる形で歩き出すけど、なんとなく気になって摩夜の方に視線を向ける。


「…………」


 摩夜はこっちのことなんて気にした風も無く、淡々とスマホを弄っている。寂しそうに見えたのは、どうやら俺の気のせいらしい。……やっぱり俺のそういうところが、過保護なんだろうな。


「なにしてるのさ、真昼。早く行こ?」


「そうだな。行くか」


「うん。……あ、そうだ。……ねえ、摩夜ちゃん!」


 姉さんは振り返って、摩夜にそう声をかける。


「……なに?」


「摩夜ちゃんも一緒に買い物行く?」


「…………行かない。どうせ、そいつも一緒なんでしょ? なら、行くわけないじゃん」


「じゃあさ、今日は多分遅くなるから、お夕飯は1人で食べてね。……あ、友達とかと一緒なら、それでもいいけど」


「…………」


「え? そんな遅くまで買い物すんの?」


 俺は姉さんの突然の言葉に、驚き混じりで姉さんの顔を覗き込む。


「そうそう。実は、お泊まりまで考えてるよー」


「なに言ってんだよ、姉さん」


「心配しなくても大丈夫! ちゃーんと今日は可愛い下着をつけてるから。……なんなら、今ここで確認する?」


「いや、するわけ──」


 ないだろ? そう俺が言葉を言い切る前に、摩夜が怒った声で叫ぶ。


「は? きっも! 気持ち悪い! 家族でそんな話とか、マジありえないから!」


「いや、これは……」


 と、言い訳しようとするが、摩夜は聞く耳を持たず、


「最低」


 そう俺に言い捨てて、自分の部屋へと戻ってしまう。


「…………姉さん」


 俺はジト目で姉さんを睨む。


「あははっ。ちょっとおふざけが過ぎたかな? ……まあでも、これで分かったでしょ?」


「何がだよ。姉さんが最近、妙にテンションが高いことか?」


「私はいつだって、テンション高いよー」


「じゃあなに?」


「ふざけてたのは私だったのに、摩夜ちゃんが怒ったのは真昼に対してのみだってこと」


 姉さんはニヤリと笑うが、俺はイマイチ言葉の真意を掴めない。


「どういう意味だよ?」


「……それは……内緒かな。というか、そこに気がつかないのが、真昼のいいところなんだから、やっぱりあんまり考えなくてもいいよ」


 姉さんそう意味深に笑って、歩き出す。俺は少し立ち止まって言葉の意味を考えてみるけど、摩夜が俺に対してだけ怒った理由なんて分からない。……いやまあ、単に俺のことが嫌いだとか、気に食わないだとか、そういう単純な事なのかもしれないけど。


「……まあいいや」


 そんなことばかり考えても仕方ない。そう結論づけて、とりあえず姉さんの背中を追った。


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