────。



 手紙の内容を思い返す。それは、永遠に忘れることのできないものだ。


 俺は一生、忘れないだろう。5人の少女たちが、こんな俺を愛してくれたことを。長い人生から見れば一瞬みたいな時間でも、俺は絶対に忘れない。



 この一瞬を。この春を。この想いを。



 綴った想いを、一つ一つ詳らかにしようとは思わない。あれは、彼女たちに向けてのものだ。だから、その内容は彼女たちだけに伝わればいい。俺がここでそれを思い返しても、何の意味もありはしない。


 想いは言葉になって、言葉は文字になって、そして文字は想いに帰って皆んなの胸に届く。


 俺はそう信じている。だからただ無心で、彼女たちの答えを待つ。



「…………」



 ふと、風が吹いた。風が吹いて、そしてその言葉が響いた。



「ありがとう」




「────」


 同じだった。その言葉は、俺が手紙の最後に綴った言葉と同じものだった。



 ──だから、ありがとう。



 俺は手紙の最後を、その言葉で締めた。長く、助長だと言えるくらい長く想いを綴った後に、だからありがとう、そう最後に想いを伝えた。



 ……でも1つだけ、俺が好きな女の子への手紙だけは、別の言葉で締めくくった。ありがとうでは無く、



 ──だから、好きだ。



 そう書いた。そして俺のその言葉に、彼女は『ありがとう』と、返してくれた。だから、伝わったんだと思う。これでよかったんだと、胸を張れる。


 長いようで、一瞬のような出来事。でもだからこそ、俺は胸を張れる。好きだから。愛しているから。だから俺は、彼女の想いに応える為に、もう一度その言葉を口にする。





「好きだ」





「──うん。……私も、好きだよ」



 そう言って、姉さんは笑った。結局は、それだけのことだった。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 他の4人の少女たちは、何の言葉も発さない。泣くことも、怒ることも、悲しむこともせず、ただ黙って俺の顔を見つめ続ける。


「…………」


 俺が彼女たちに返せる言葉は、もう何も無い。俺の想いは、全て手紙に乗せて伝えた。だから後は、彼女たちの問題だ。


 どんな罵詈雑言でも、受け入れる。どんな涙でも、どんな痛みでも、俺は絶対に逃げたりしない。それは俺の不甲斐なさが生み出してしまったものだから、だから俺は彼女たちの全てを受け入れる。


「────」


 先ずは天川さんが、走ってこの場を去ってしまう。無論、今の俺に彼女を追いかけることなんてできない。


「……ごめんなさい。……真昼さん……!」


 次に芽衣子が震える声でそう言って、駆け足でこの場を走り去る。やっぱり俺は、その背中を追えない。


「……ふふっ、真昼。分かったよ。……ありがとう、君の想いは伝わったよ……」


 桃花は淡々とした抑揚のない声でそう言って、確かな足取りでゆっくりとこの場を立ち去る。


「……お兄ちゃん」


 そして、摩夜は震える声で言葉を告げる。


「お兄ちゃんは……姉さんが好きなの?」


「ああ。そうだよ」


「……そっか。……ふふっ、そっか。昔から姉さんには、私の欲しいもの全部……奪われてきた。だから今回も……そうなんだね?」


「…………」


 姉さんは言葉を返さない。姉さんはただ静かな瞳で、摩夜を見つめ続ける。


「お兄ちゃん」


「……なんだ?」


「私の想いは、変わらないよ。それだけは、忘れないで。絶対に……忘れないでね……」


 摩夜は最後にそう言って、この場から走り去る。そして夕暮れの公園には、俺と姉さんだけが取り残される。


「ねえ、真昼」


「なに?」


「どうしてお姉ちゃんを……ううん。どうして私を、選んでくれたの?」


「好きだから」


「……その理由を、訊いてもいいかな?」


「無いよ、理由なんて。ただ、好きだから。姉さんが好きだから、俺は姉さん選んだ。それ以外は……ただの言い訳だよ」


 どれだけ理屈を取り繕っても、心は簡単にそれを否定する。心っていうのはとても自由なもので、でもだからこそ何よりも不自由なものだ。


 だから俺は、ただその心に従った。


 好きだって気持ちが、ずっと何か分からなかった。ずっとそこから逃げ続けてきた俺には、それがどんなものなのか想像することしかできなかった。



 でも……1つの言葉を思い出す。彼女があの時、あの言葉を言ってくれたから、俺は自分の心と向き合えた。



 長く長く、今まで本当に長く立ち止まってきた。でも結局、俺の物語はたった一言で締めくくれる。それだけのことで、それ以上のことなんて何も無い。


「だから、好きだよ」


 俺はそう言って、手を伸ばす。


「…………私も、愛してる。ありがとう。私を選んでくれて、本当に……ありがとう……!」


 姉さんが俺の背中に手を回す。俺も姉さんの背中を、強く強く抱きしめる。


「…………」


 姉さんは泣いていた。子供みたいに顔をくしゃくしゃにして、声を上げて涙を流す。……気づけば俺の瞳からも、涙が溢れていた。どうして泣いているのか、自分でも分からない。ただどうしても、涙を止めることができない。


 そうして、2人で抱き合った。赤い夕暮れに照らされて、日が暮れるまで涙を流し続けた。日が暮れるまでは泣いてもいい時間だから、俺たちはただ涙を流した。今までとこれからの為に、ただ静かにそうやって抱き合い続けた。



 そして日が暮れた頃、俺たちは帰路につく。無言だった。なんて言葉をかければいいのか、分からなかった。でもその無言は気まずいものじゃなくて、とても幸せなものだった。



 優しく繋いだ掌の温かさだけで、幸せだった。



 姉さんもどこか憑き物が取れたように、優しい笑顔で笑ってくれる。長かった1日は、そうして静かに幕を閉じる。



 とても幸せな温かさを、掌に残して。



 ◇



 そして、俺は静かな朝を迎える。姉さんと一緒に家に帰ってきたけど、そのあと特に何があったわけでも無い。姉さんは一度だけ俺を強く抱きしめて、愛してる、と言った。俺もそれに、俺も愛してると言葉を返した。



 それだけで、満足だった。



 ここから先、時間はたっぷりとある。だから、ゆっくり色んなことをしていけばいい。今はただ、想いを伝えられただけで満足だった。


 

 ここから、新しい日常が始まる。



 それはきっと、楽しいことだけでは無いのだろう。……でもだからこそ、俺は頑張ろうって思える。愛しい人に少しでも笑ってもらえるように、俺はもっと頑張ろうって心に決める。


「…………」


 窓を開けて、空を見上げる。静かな風が頬を撫でて、温かな春の日差しが街を照らす。






 そうして俺は──。








 ふと、音が響いた。電話だ。家の電話が、誰かを呼ぶように必死に叫び声を上げている。だから俺は慌てて、電話をとる。



 こんな朝早くから、誰だろう?



 そんな俺の疑問は、電話の内容に簡単に消しとばされてしまう。









「……嘘だろ? 姉さんが、事故にあった?」



 俺は走って、病院に向かった。そして、電話の内容が真実だと知らされる。朝早くからどこかへ出かけていた姉さんは、車にはねられて病院に運ばれた。



 姉さんに目立った外傷は無い。



 でも姉さんは、何日も眠り続けた。


「…………」


 俺はただ、待ち続けた。何日も何日も待ち続けて、そしてようやく目を覚ました姉さんは、俺に向かってこう言った。




「貴方は、誰ですか?」



 そうしてここから、新しい物語が始まる。


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