弟は分かりません!

 


「……ふふっ……」


 あまねは笑う。全てが自分の思い通りだと言うように、彼女は余裕の笑みを浮かべる。


「…………」


「…………」


 対する2人は不安そうに黙り込んで、俺に視線を向けてくる。……きっと、待っているんだ。俺が答えを返すのを。


「……俺は……」


 だから俺は、無理にでも言葉を紡ごうとする。……でも答えも無く口を開いても、続く言葉が出てこない。ただ意味も無く口を開くだけで、なんの言葉も発せない。


 だって、俺には分からない。


 俺が、姉さんをあまねだと言った理由。あまねを、姉さんだとは言わなかった理由。2人に嘘をついた理由。



 その理由が、分からない。



 ただ状況に流されて、口を挟めなかっただけか?


 それとも、今ここであまねが姉さんだと告げると、姉妹の関係性が壊れてしまうと思ったからか?


 分からない。自分の気持ちなのに、何故か上手く言葉にできない。何をどんな風に説明しても、全部間違いのような気がして、口が動いてくれない。


「……ふふっ。どうやら真昼くん、答え難いみたいだね。……別にいいんだよ? 真昼くんがそういう人だって、私はちゃんと知ってるから。……だから、大丈夫だよ? 私が代わりに答えてあげる。優しい真昼くんの代わりに、ね……?」


 あまねはそう言って、黙り込んでしまった俺に優しい笑みを向ける。でもそれは、一瞬。その瞳はすぐに挑発的なものに色を変えて、正面の2人を向けられる。


「真昼くんはね、好きなんだよ。……私のことが。……真昼くんは私のことが貴女たち2人よりもずっと好きだから、だから私の為に……嘘をついてくれたんだよ」


 あまねは笑う。笑いながら、ぎゅっと強く俺を抱きしめる。……これは自分のものだと、そう2人に告げるように。


「……そんな訳ない。そんな訳ない。そんな訳ないよ。……意味分かんない。それじゃ、何の説明にもなってないじゃない。お兄ちゃんは優しいから、ただ貴女を……庇っただけかもしれない。それに、どうしてお兄ちゃんが嘘を吐いたら、貴女のことが好きだってことになるの? ……馬鹿みたい。貴女の言葉は全部、貴女の妄想じゃない……」


「そうっスよ。何の説明にもなってないっス。……大体、貴女だれなんスか? 同級生っだってお兄さんに嘘まで吐かせて、そこまでして自分の正体を隠す。きっと、やましいことがあるんス。……もしそうじゃないって言うんなら、ちゃんと自分が誰か言ってみたらどうっスか!」


 2人があまねを睨む。しかし、それでもあまねは揺るがない。あまねの笑みは消せない。


「……私が誰かなんて、そんなのどうでもいいことじゃない。私が自分の本名を名乗って、自分の立場を教えたら、貴女たちはそれで納得するの? ……そんな訳ないよね? 今大切なのは、真昼くんが誰を庇って、誰を……抱きしめてるのか。……ちがう?」


「…………」


「…………」


 2人はまた、黙り込む。対してあまねは、ずっと笑ったままだ。そして俺は……俺はずっと、何も言えない。問題の中心は俺の筈なのに、俺はずっと何も言えないでいる。されるがまま、言われるがままだ。


 俺には、今の状況が分からない。どうして摩夜が、ここに居るのか。どうして天川さんが、俺の同級生の名前を覚えているのか。そしてどうして姉さんが、2人を煽るような真似をするのか。俺には全く分からない。


「…………」


 だから、ただ黙る。無様に黙りこくって、何も言えず、意味も無く空を見上げる。……今日は満月だと、今更、気がついた。そんなどうでもいいことに、ようやく、気がついた。





「──そうじゃないよ。そうじゃない。貴女の言ってることなんて、どうだっていいんだよ」


 場にのしかかる沈黙を振り払うように、摩夜が口を開いた。


「……へぇ。こんな風に、真昼くんをぎゅっとできることが、どうでもいいって言うんだ?」


「……そうよ。そんなの……どうでもいい。1番大切な……1番大切なことは、そんなことじゃない!」


 摩夜は俺を見る。真っ直ぐに俺の瞳を見つめて、そして……告げる。


「1番大切なのは、お兄ちゃんが誰を好きかだよ。貴女が誰とか、お兄ちゃんとどういう関係とか、そんなの確かにどうでもいい。大事なのは、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが、誰が好きなのか。……それは他の誰の口からでもない。お兄ちゃんの口から聞かないと、意味がないことなの」


 摩夜が一歩、こっちに踏み出す。


「そうっス。摩夜の言う通りっス。確かにそれはお兄さんの口から聞かないと、意味がない言葉っス」


 天川さんも、こっちに踏み出す。


「……ふふっ、いいよ。別にそれでも構わない。真昼くんが誰が好きかなんて、そんなの……分かりきってることだもん」


 あまねは俺から手を離し、一歩距離をとって2人に並ぶ。


「ねえ、お兄ちゃん」


「……お兄さん」


「真昼くん……」


 3人の瞳が、3人の心が、真っ直ぐに俺を見る。俺だけを見て、決して離さないというように絡みつく。どくんと、心臓が跳ねた。身体から体温が抜けていくような、そんな錯覚を覚える。ぐるぐるぐると、思考が回る。何も考えられないのに、ただ言葉だけが頭の中を駆け巡る。


「…………」


 そんな風に何も分からず、何にも気がつかない俺は、人形のように固まって、その言葉を聞いた。



 3人から真っ直ぐに告げられる、その言葉を。






「──貴方は、誰が好きなの?」




 デートはまだ、終わらない。


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